バスカヴィル家の鶏

「バスカヴィル家の鶏」
～謝辞～　親しきヒロシ　タカタ君　この物語の思いつきは君が記したチャットログからはじまる。細かい点で援助をうけたことと共に、ここに謝意を表する。
☆ことのはじまり☆ 　徹底したホームジアンのアレックス・T・アッテンボロー氏は、ホームズを極めるため無断でアパートの壁に“V・R”と(拳銃がないのでアイスピックで)穴をあけているところを、大家に目撃されアパートを即刻追い出されてしまいました。　現在チャールズ・Ｈ・ワトスン先生の家に間借りしています。　ある冬の夜のこと、博士論文執筆にいそしむワトスン先生の疲れをとるために自分の書いた物語をかいつまんで話すアッテンボロー氏。面白かったら今月の家賃を値引きしようと、執筆の手を休め、猫のジェームズを抱きながら耳をかたむけるワトスン先生でした。
☆「バスカヴィル家の鶏」☆　アレックス・T・アッテンボロー著第一章　笑いの問題点　いつもは朝寝坊のホームズがその日の朝は起きて食卓につき、私は夕べの客が置き忘れていったステッキを眺めていた。それには「王立外科医学協会準会員ジェームズ･モーティマー君へ、C.C.Hの友人たちより」と刻まれていた。　早速ホームズはそのステッキの持ち主であるモーティマー氏がどのような人物か推理しはじめた。｢野心はうすれ、うっかりものだけど周りの人間から好かれている田舎の開業医だね。そして鶏を飼っている」｢鶏のことはどうして分かったんだい？｣｢鶏はこのステッキをくわえてお供をする習慣になっている。ステッキが重いものだから、中央をしっかりとくわえるとみえて、みたまえクチバシのあとがはっきり見える。クチバシの大きさからチャボにしては大きすぎるし、白色レグホンにしては小さすぎる。そうだねまあ名古屋コーチンというところかな｣　私たちがそんな会話を交わしているうちにステッキの持ち主たるモーティマー医師が愛鶏･名古屋コーチンを伴ってやってきた。　モーティマー医師は自己紹介のあとおもむろにポケットから古い書類を取り出した。それは１７４２年に書かれたもので、故・チャールズ･バスカヴィル卿から預かったものであると彼は言った｡そして私たちの前でその古い不思議な物語を声高く読み上げた。
かの大反乱時代の頃、バスカヴィル領は同名ヒューゴーなるものの領有なりしが、この者気性荒く神を恐れぬ行為おおかりしと言う。ある夜、突然の空腹を満たすため9月ミカエル祭の馳走にと肥らせていた鶏を食せんとて鶏小屋に押し入りしが突然の乱入に驚きて暴れる鶏を捕まえることが出来ず。思わず刃をふりあげ一太刀あびせしが見事に鶏の頚を刎ね、やれ嬉しやと頚のない鶏を捕まえんと小屋中を駆けめぐりしが捕まえる事が出来ぬまま、あわれ頚の打ち落された鶏は小屋のすき間から逃げ去りぬ。空腹を満たすはずの鶏が逃げ去りしことを悪鬼のごとく怒り、今宵のうちに鶏を取り返さし得ずば、この身と心を悪魔の前にささげんと怒号したり。　同じく空腹の満座の者のなかでも極めて空腹の一人、犬を放って鶏を追わしめよと叫びたり。それを聞くやヒューゴーは、「馬に鞍をおけ、犬舎の戸を開け放て」と呼ばわりつつ、空腹のまま月光さゆる沼沢地をさして飛ぶがごとくに走りさりぬ。　逃げ行く先も判らぬまま逃れゆく憐れなる頚のなき鶏の後を、ひた走りに走る十三騎。　ああされど、鶏を追いし十三騎が見しものは、先に見つけし犬どもが食い散らした後の鶏の残骸なりし。その有り様をみたヒューゴーは空腹と怒りで倒れ付し、魂のぬけいでたらんが如くなりてその夜のうちに落命したり。　息子達よ、こは我らがバスカヴィル家累代の恐るべき呪いとなれる物語の顛末なり。息子達よ心して神に祈れ。かまえて暗き夜に沼沢地近くでは鶏料理を食うべからず、沼沢地で頚なき鶏の姿あるところかならず悪魔が跳梁せるに心せよ。 (以上はヒューゴー・バスカヴィルよりロジャー及びジョンに、二人が妹エリザベスは他家に嫁ぎし身ゆえに鶏料理を食すことは厭わざることなかれば知らしめざるべき条件のもとに伝えおくものなり）
モーティマー医師はこの不思議きわまる物語を読み終わるとホームズの方をじっと見た。　ホームズは珍しく爆笑し、あまりの可笑しさから巻きタバコの吸殻を火の中へ投げ込みそこね「そっそれで？」と聞いた。｢面白いとはお思いになりませんか？｣｢そう、お笑い研究家にとってはね｣　次にモーティマー医師は新聞を取り出した。彼が読み上げた記事は、落ちぶれた一族を再建させたものの志し半ばで先日急死したチャールズ･バスカヴィル卿についてであった。死の原因は検死の結果、心臓疾患によるものと文章は結ばれていた。しかしモーティマー医師は新聞記事には載っていない事実を語り始めた。「チャールズ卿は普段から先ほどお話した伝説を気にしていました。しかし夜の屋敷内の散歩は相変らずおやめにはなることはありませんでした。私はその晩は遅くおきていたので、事件後一時間以内に屋敷に到着しました。チャールズ卿はうつ伏せになって両腕を伸ばし手にはフライドチキンが握られていました。顔は激しい爆笑に引きつれ一目見たときはこれがチャールズ卿かと怪しんだほどです。執事のバリモアは死体の付近には何の痕跡もなかったといっていましたが、私は新しくはっきりした痕跡があるのを見つけました」｢足跡ですか｣｢ええ、足跡です｣｢男のですか、女のですか？｣｢ホームズさん、それが実は巨大な鶏の足跡なんですよ！｣　白状するが、私はこれをきいて思わず吹き出しそうになった。しかしホームズは違ったようである。（まあ彼は変わっているからな･･･）　モーティマー医師はこの話を（恥ずかしいので）誰にも話していないこと、足跡は死体から二十ヤードばかりも離れた所にあったこと、沼沢地に自身が経営している養鶏場があることを語ってくれた。｢沼沢地には,鶏がたくさんいるのでしょうね？｣｢もちろんそれはいます｡でもあれは決して白色レグホンの足跡ではありませんでした｣｢大きかったといいましたね｣｢おそろしく大きな鶏の足跡でした｣ホームズはそこまで聞くと、何故もっと早く依頼にきてくれなかったのかと、むちゃくちゃな事をいって彼を責めた。　しかしモーティマー医師の相談はチャールズ卿の死の原因追及ではなく、不気味な背景の中カナダから帰国してくるただ一人の相続人・チャールズ卿の甥ヘンリー卿の処遇であった。ホームズはまた明日ヘンリー卿と一緒に221bに来てくれるよう頼み、モーティマー医師をかえした。｢ワトスン君、でかけるのかい？｣｢用があるなら、出かけなくてもいいよ｣｢君の助けは、、、、そうだなあ、、晩まで帰ってこないように都合してくれるとありがたいのだがな～｣　私は体よくホームズに居間から追い出されしまい、しょうがないのでクラブで時間をつぶした。　9時過ぎに私が帰ってくるとホームズは今回の悲劇の舞台であるデヴォンシャーの大縮尺の地図を眺めていた。　ホームズは足跡の変化からチャールズ卿が、何かにおびえ走りそのために心臓発作を起こして亡くなったと結論を出した。しかし、何故門のところに佇んでいたのか、一体何に怯えたのか、さすがの彼にも判らないようだった。 (もちろん私にもわからない) 　次の朝、モーティマー医師は30歳くらいの好青年ヘンリー･バスカヴィル卿を伴って221Bを訪ねてきた。卿は挨拶もそこそこに今朝ホテルに届いたといって一通の手紙を私たちに見せてくれた｡　手紙にはタイムズの社説を切り抜いて､一字ずつ糊で貼り付け｢生命を惜しむ理性あらば、養鶏場に近づくなかれ｣と、記されていた。 (社説は自由貿易、とくに鳥肉の輸入自由化の是非についての論文であった）　さらにヘンリー卿はもう一つおこった奇妙な出来事を話してくれた。磨いてもらおうと､ホテルのドアの外に置いておいた靴が､何故か片方だけ消えてしまったというのだ。　ヘンリー卿はこれら謎の出来事や魔鶏の伝説を聞かされたが、彼の先祖の土地へ戻るという決心を揺るがすものにはならなかったので私たちはじっくりと今後の事を話し合う為に、ヘンリー卿の泊まっているホテルへ2時に訪れる約束をして二人を帰した。　ベーカー街を出る時間が少し早すぎたので、私たちはヘンリー卿のホテルへ向う途中画廊に立ち寄った。そこで私はホームズのお粗末な美術の話を延々と聞かされることとなった。私が美しいと思う絵画の女性たちをホームズはすべて不健康で太りすぎだというのだ。 (彼には言われたくないもんだ･･･) 　やっと2時になったので、ヘンリー卿の宿泊している部屋まで行くと､なにやら彼は靴の片方を持って怒り狂っていた。なんと又靴が片方なくなったというのである。ホームズはこれを聞くと少々考え込んだ様だった。　さて楽しい昼食も終わり、さっそく今後のことを話し込んだ。　ヘンリー卿は週末にバスカヴィルの館へ向う予定であるという。するとホームズは一つの条件を出した。決して一人で行ってはいけないというのである。ヘンリー卿はモーティマー医師がいるから大丈夫と言ったが彼には医者の仕事がある。それではホームズは？今､高貴な身分の人物の依頼を受けているので直ぐにはいけない。「それでは誰がよろしいでしょうか」とヘンリーが不安そうに聞いてきた。ホームズは私の腕に手をおいた。｢このワトスン君が喜んで引き受けてくれますよ｣と、とんでもない事を言い出した。　私が返事もしないうちにヘンリー卿は私の手をとり、バスカヴィルの館行きが決まってしまった。 (私の人権は一体･･･)