第5章　洒落者トリージリス　 　私は17歳になっていた。狭苦しい村の生活に飽きがきており、もっと広い世間がみたくてたまらなくはじめていた。それはジムにとっても同じ事であった。彼も単調な鍛冶工場の生活に限界を感じていたのだ。叔父からの手紙を受け取って二三日してから、ジムは私と一緒に丘原地を歩いている時にその胸のうちを私に明かした。 「ロディー、僕はこの上こんなちっぽけな村に引きこもっていて、ここを腐らせたくないんだ。僕は自分の運を探しにロンドンへ行くんだ。そして再び帰る時にはあそこを通る紳士のような身なりをしてくるんだよ」 　彼が指さした先には背の高い緋色の二頭立ての馬車がロンドンからやってくるのが見えた。 「ジム」私は叫んだ。「僕の伯父さんが来たに違いない！」私は全速力で家へ帰った。戸口には犬を連れた従者―――伯父が最も信頼している―――アンブローズが立っていた。伯父は村の宿屋で休憩をして、その間にアンブローズが持参してきた食料や食器を広げ食卓の準備をした。 　　　　　挿絵1 　　 　　　　　挿絵2 　しばらくすると伯父が訪問してきた。母には丁重に頭を下げ両頬にキスを、父とは親しげに握手を交わした。そして「ほう、これが私の甥ですか？」と大層親しげに私の両肩へ手を置いた。「いくつになったのだね」と伯父が尋ねた。「十七です」「充分まにあうよ、メアリー。美しい風姿、態度･･･そういったものはないけれど満開の五月の生垣の様に健康だね」 　こうして伯父は私たちに家に入ってから優しい態度で皆に接した。伯父はすらりとした容姿を持ち、隙のないファッションでその身をかためていた。 　 　しばらくすると伯父は嗅ぎ煙草の入れ物を父に差し出して言った「この中に指を入れて、有名な人の仲間入りをなさいまし」 「まったくそうですね」と父は気軽に考えそう答えたが、伯父の考えは別のものだった。 「婦人はその愛情を大切にしまっておかなければならない･･･そして男子はその嗅ぎ煙草の箱をね。二つとも軽軽しく人前に出すものではないのです」 　自分が心を許した人でなければ､例え相手が身分が高い人でもそれらに手をつけることは許されないと語った。 晩餐が始まると伯父の独擅場であった―――父には海軍省内の父の上官であった人々の話を母にはロンドンの美しいものや婦人のことを語って聞かせた。 　　　　　　　挿絵3 　　 　　　　挿絵4 　夜になり冷え込んできたので私たちは暖炉の周りに席を移した。話は自然に１４年前の惨劇クリフ・ロイヤルの話になった。伯父は犯人とされるエイボン卿とこの世で只一人の親友だった。 　伯父はあの日のことを淡々と語って聞かせてくれた―――カード賭博に負けたせいで一睡もできずベッドで寝返りをうっているとバーリントン大佐の部屋から2回叫び声が聞こえ、そっとドアを開け廊下をみるとエイボン卿が片手に蝋燭を持ち、片方に茶褐色の袋を下げ、引き歪んだ顔で伯父の部屋のほうへ歩いてくるのをみたこと。 　翌朝目を覚ますとエイボン卿がベッドの側に立っていて、昨夜伯父が負けた分の掛け金を返すよと言い、遠慮する伯父にその金を無理やり渡したこと。朝食の為に居間に行くとロシアン卿からもエイボン卿が同じようなことをしたと聞き、ふと居間の天井を見るとその隙間という隙間から血が流れていたこと。そして天井の真上の部屋、バーリントン大佐の部屋へ行くとそこには喉を掻き切られた大佐が倒れ、その側にはエイボン卿のナイフ、死体の手にはエイボン卿のレースのひだ飾り握り締められていたこと。そしてエイボン卿はそのまま何も言わずに姿を消してしまったこと―――を話してくれた。 　伯父が天井の話をしたとき私は、今でもその血痕があることを告げ、そして屋敷を探検し幽霊を見たことを皆に話して聞かせた。伯父は考えにふけりながら「幽霊は壁の中に消えてしまったんだね」といい私はうなずいた。 　その時突然「壁のどのへんに消えたんでしょうか？」と私の後ろの方から従者のアンブローズが身体は戸口に隠れていたが黒い顔を光のなかに付きだして叫んだ。 　いきなりだったので皆は驚いてしまった。いつも自制心にとんだ従者とは思えぬ行動であった。アンブローズは無礼な振る舞いを謝り部屋から退出したが、伯父が彼の行動の訳を説明してくれた。彼はその行方不明になってしまったエイボン卿の元従者であったのだ。 　話が陰惨な方向へ言ってしまい過ぎたので、伯父は母のために華やかなロンドンの出来事に話題を切り替えたのであった。 　　　　　　　　　　 　　　　　　　挿絵5