第10章　拳闘界の人々　(後編) 　彼―――老バックホースはジンを飲み干すと輝かしくも懐かしい若き日々の思い出話をはじめた。(挿絵1) 　それは皇太子さえも魅了した。老ボクサーの話が終わると、熱心に聞いていた男達から盛んな声援が起こり、食卓の上ではグラスが交わされた。 　再び晩餐会は喧騒に包まれたが、コツンとテーブルを叩く力強い音がすると、伯父が挨拶のために立ち上がった。伯父の顔は青白く静かで美しく、荒くれ者のボクサー達を前にして優雅であった。 　彼はこのような多くのすぐれたボクサー達が同じ屋根の下に集まった事を喜び、またチェスター伯爵―――皇太子をはじめ多くの高貴な方々が臨席してくれたことに感謝の言葉を述べた。 　そしてこのたび行われる、ロシアン･ヒューム卿と協賛する試合について発表した―――試合は5月18日火曜日の午前10時より行われ、出場する選手はロシアン卿側がグロセスターのクラブ･ウィルソン。伯父側の選手は当日まで公表されない―――多額の掛金保管責任者にはバークレー氏が引き受けてくれる事となった。 　　　　　　　　挿絵1 　　　　　　　 　　　　　　　挿絵2 　　 　発表が終わると、これに刺激され酒が程よく回ったボクサーたちは、自分の相手選手の条件を勝手気ままに言いあった。 　段々晩餐会の雰囲気は危険なものとなり、ハリスンが乱闘になったらテーブルの下に逃げるようにと私に忠告してくれている時、居酒屋の主人があわただしく部屋へ入ってきて何か書いたものを伯父に渡した。伯父はそれを読むと皇太子に渡した。皇太子は驚いた表情をしてそれを伯父に返した。 　すると伯父はその紙片を持って立ち上がり、微笑を浮かべて「諸君、今、下に見知らない男がひとり来ているが、その男はこの部屋にいるもののうちで、一番すぐれた腕前のものと、最後まで戦ってみたいと望んでいるのであります」といった。(挿絵2)