第20章　エイボン卿 　伯父は生来物事に動じない人であったが、このときはよほど驚いたと見えて、真っ青な顔をして疑いの目を凝らし立ちすくんでいるばかりであった。(挿絵5） 　やがて心を落着かせると伯父は両手を差し出して、親友であるエイボン卿に握手をしようとした。しかし彼はそれを拒絶した。 　あっけに取られている伯父に向かってエイボン卿は、伯父が自分を信じてくれず犯人と思っていただろう？と問いかけた。そのために我が子を最初から無罪と疑わなかった男・ハリスンへ託した事を話した。伯父はあっけに取られ「では、この青年は君の息子だったのか」とジムを見つめた。 　エイボン卿は返事をする代わりに妻である女優の背に手をかけた。そして、そのプライドゆえに身分違いの女性と結婚した事を友人達にいえず、事件後に家名を守るために彼女からジムを取り上げたこと、そのせいで彼女が荒れた生活をしてしまったこと、そして実の母とは知らずジムが救ったことを話した。 　私がふとロシアン・ヒューム卿をみると、そこには人間として最も悪い感情―――怒りと嫉妬と望みのない欲望を顔にみなぎらせていた。 　　　　　　　　挿絵5 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 「じゃあ、この青年が爵位を受け継ぐ権利があるというのか」 「この子は私の正当な息子だ」 　しかしエイボン卿の告白を信じたくないロシアン卿はこのことが嘘であるといって証拠を見せろと言い、「失礼だが、エイボン卿、わしは貴方の話を承認する理由がない」と冷たく言い放った。 　怒りのあまりエイボン卿はよろめくように前へ進んで行った。さすがのロシアン卿もあまりの迫力に身を捩じらせたが、「巧みな陰謀だ！」と言い放ち、そのまま出て行ってしまった。 　　　　　　　挿絵6　　　　　　　　　　 　　　　　 　エイボン卿はロシアン卿を黙って見送った。今は真実を話すことが重要と考えていたからである。 　伯父はエイボン卿に事件の真相をたずねた。どうして彼がバーリントン大佐の部屋へ行ったのか、そのあと興奮した面持ちで銘々に掛け金を返したかを･･･。 　するとエイボン卿はあの日のまま置いてあるカードひっくり返しその一枚を伯父に渡した。 「チャールズ、この札の左下の所を触ってごらん」 「ピンで突き刺してある」 「そうだ、それは何のカードかな?」 「クラブのキングだ」 「何を隠そう忌々しい話というのはこれに尽きるのだ！」 　エイボン卿はカードを床にたたきつけた。(挿絵6） 　そう、カードにはすべて細工がしてあり、バーリントン大佐が勝ち続けていたのもこのイカサマカードのせいだったのだ。　 　この事を知ったエイボン卿は弟を責めた。　 　彼は金も真相もそのまま黙って欲しいと懇願したが、エイボン卿はイカサマの事は内密にするが、金は全部みんなに返還すると取り上げたのだ。 　その後バーリントン大佐の不可解な死により、自分に殺人の嫌疑がかけられていると知った彼は、弁明をするには弟の不名誉を晒さなければならず、それならば姿を消した方がよいと決心し、屋敷にある隠し部屋に身を潜めたのである。 　　時々外へ散歩をしていたのだが、その姿を村人が見て幽霊と勘違いをした。そして二人の少年がその幽霊を見届けようと探検にやってきたのだ―――。 「お父さん、それは僕だったのです。僕とロドニー･ストーンだったのです」とジムは言った。(挿絵7） 　二人のことをハリスンから聞いたエイボン卿は自分の息子の成長振りを喜んでいた。しかしジムのロンドン行きを、更に本当は名誉ある貴族であるのに懸賞試合に出場すると知ったとき、ついに親子の名乗りを上げる事を決意したのだ。 　しばらく沈黙が続いたが、伯父がそれを破った「ネッド、君ほど辛い目にあったものはいないだろう。ただ君の弟さんが死んだ理由が分からないのだが･･･」 「チャールズ、そのことは18年間、君同様私も分からなかったのだが、ただしついに罪が明らかになる時が来たのだ。アンブローズ。前へ出て私に話した事を正直に詳しくおはなし」 　 　　　　　　挿絵7