第21章　従者の話 　従者･アンブローズはためらいがちに暗闇から進みでて静かに語りはじめた。 　そこには謹直な従者の影は消え，執念深い敵、熱烈な愛を語る男、そして狡猾かつ危険な男が現れた。(挿絵1) 　アンブローズにはかつて結婚を誓った女性がいたのだが、不幸なことにバーリントン大佐が彼女を誘惑したのである。 　アンブローズが気ついた時はすでに遅く、彼女は玩ばれた末に捨てられた後だった。全てを失ってしまった婚約者から事の成り行きを聞いたアンブローズは大佐に復讐を誓ったのだった。 　エイボン卿の従者となり、彼は虎視眈々とその時が来るのを待っていた。しばらくしてエイボン卿が屋敷で大佐を入れた数人でカード遊びをすることとなった。やっとチャンスが舞い込んできたのだ。 　偶然知った秘密通路を利用しない手はない。通路により自室へとつながる部屋を大佐の部屋として用意した。 　アンブローズはカードの勝負が終わり、大佐が部屋へ戻るのを静かに待っていた。武器としてエイボン卿の狩猟用のナイフを。 　　　挿絵1　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　 　　　　　　 　　　　　　　挿絵2　　　　　　　　　 　　 　そして明け方、勝負が終わったのを見計らってアンブローズは秘密通路を伝って大佐の部屋と向った。しかしベッドに入っていると思った大佐はまだ起きていて賭金を数えていた。 　アンブローズは大佐が寝るまで待つことにしたが、そのうちエイボン卿が部屋へ入ってきた。通路を隔てる薄い壁一枚を挟んで，二人のやり取りは手に取るように分かった。エイボン卿の糾弾に次第に青ざめていく大佐。(挿絵2) 　それは大佐を憎むアンブローズにとっては実に気味のものであった。 　彼は大佐の秘密を知った今ここで一思いに殺さず、秘密を暴露して社会的に抹殺し、その後殺害してもよいと残酷なことを思いついた。さすがの伯父は彼を非難した。しかしアンブローズは怯むことなく自分たち召使も感情がある、紳士方と同じく復讐の念を抱くのですと反論した。 　話は遂に真相に迫った。エイボン卿が部屋から賭金の全てを持ち去ると大佐はしばらく髪をかきむしり、両手を組み震わせていたが，何かを決心したようであった。引出しを開ける音がし、カラーを外しているなとアンブローズが思ったとき、水差しをひっくり返したような音が聞こえた。 　アンブローズが慌てて部屋へ侵入すると頚動脈を剃刀で掻き切り、虫の息の大佐が床に倒れていて、まもなく息を引き取ってしまった。遺体を眺めているうちに突然の恐怖にかられたアンブローズは取るもとりあえず、自室へと引き返した。そしてふと手を見ると事もあろうに狩猟用のナイフでなく、血染めの剃刀を握っていたのである。取替えに戻るべきであったが、恐怖のためにそれが出来なかった…。 「君は長い間，君の一言で救える無垢の人を無実の罪に泣かしたままにしておいたのか」と伯父は激怒していった。　　　アンブローズは告白しようにも、エイボン卿の家名を汚すことになるので出来ず，さとりてエイボン卿本人は行方不明となりどうしようもなかったのだと弁明した。 　エイボン卿はアンブローズの告白を聞き遂に、弟の不名誉のために我が子ジムの将来がつぶされてしまうのを怖れ、表に出て来たのだといった。 　すると突然5･6人重々しい足音がしたかと思うと、卿の話を遮った。(挿絵3） 　　　　　　　挿絵3　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　 　　　　　挿絵4 　　 「こちらです．ジェイムズ卿」ロシアン･ヒューム卿の声がした。戸口には治安判事のジェイムズ・オヴィングトン卿の太った姿が現われた。ロシアン卿は即座の逮捕を要求したが、エイボン卿の無実を信じているジェイムズ卿はこれを無視し、裁判が始まるまで屋敷に保護してくれることになった。 　腹の虫の収まらないロシアン卿は｢我々の間には小さな問題が残っているようだが｣と伯父に向かって今まで確執を決着つけるべく決闘を申し込んできた。伯父もそれを快く引き受けた。(挿絵4） 　こうして不思議な対談は終わった、私はジムの元にかけより彼の幸運を共に喜びあった。そして伯父が私を伴って出て行こうとした時、アンブローズが伯父に近づいてきた。 ｢チャールズ様。あなた様のネクタイを拝見いたしますと、どうも気になってたまりません｣ ｢そうだよ。アンブローズ｡ロリマ―は最善を尽くすのだが、お前の後釜に座るのは誰もいないのだよ｣ 　しかしアンブローズは先の主人であるエイボン卿を気にかけた。それに気付いたエイボン卿はアンブローズを自由にした。 ｢ありがとう｡ネッド｣伯父はエイボン卿に感謝した。 ｢では，アンブローズ。ひとつ手数でも私のネクタイを直してくれないかな？｣