ロドニー・ストーン14章

第14章　路上にて

　ジムとクラブ・ウィルソンの試合は目前に迫っていた。ナポレオンの脅威さえも国民の大半にとっては二の次であった。貴族のクラブから田舎の酒場までその話題で占められ、全体的には試合経験のあるウィルソンが優勢とみられていた。
　私は2度ジムを訪ねたが、厳しい訓練をこなし、私の危惧の念がたちまち去ったほど鍛えぬかれていた。彼は必勝の自信に満ちていた。
　ジムは私の訪問を喜んでくれたが、私の身分と自分の身分の違いを気にかけていた。
「ロドニーさん、あなたの伯父さんはあなたと私とが交際することについてどうお考えでしょうね」と私に言った。
　たしかに伯父には世話になっているが、ジムは彼よりも先に出会いただ1人の親友だった。伯父がジムと私の親交を快く思っていないことは分かっていたが、その他にも私は伯父の気に入らない行動を多くしていたので、どうでもよくなっていた。
　伯父もそんな私に失望したらしく、試合の前日に伯父の私室で二人でいるとき、もう少しはやく手元に引き取っていれば社交界の寵児になれただろうにと愚痴をこぼしていた。
　そこで私は海軍に入りたいという希望を伯父に話した。伯父はそんな私に苦渋の表情を見せた―――私への失望感からか、それとも痛風初期の痛みから来ているのかは分からないが。
　伯父は私との会話に切り上げるために、明日の試合のためそろそろクローレーに行く事を告げた。聞くところによれば、すでにクローレーは試合を観戦する人々が押し寄せ、周囲20マイル四方の宿はすでに一杯ということだった。

　　　　　挿絵2
　　　

挿絵3	そのとき新しい従者ロリマーが来客を告げた。伯父は身づくろいをしていないうちに、客を屋敷にあげたロマリーを注意し追い返すように言ったが、その客はずうずうしくも伯父の私室へ押しかけてきた。　ジャーミン街の賭事師ワーであった。「チャールズさん、私はある情報を持っているんですけどね」と彼は話を切り出した。　昨夜10時ごろ彼の経営する酒場にバークスをはじめとする札付きの連中４人がやってきて、ジムが試合に出られないよう闇討ちをかける相談をしていたというのだ。それを聞いた伯父は直ちに出発する事にした。

　馬車の用意ができると、さきほどのワーが駆け寄って、ついに掛け率がウィルソン･10対ジム・１になった事を告げた。ジムの勝利を確信している伯父は歓喜に満ちた表情をした。
　そして伯父は襲撃の黒幕が―――最近カード勝負で大損をしているロシアン･ヒューム卿か？―――私たちがクローレーに行くのを邪魔するのではないかと心配しながら―――しかし、その表情は以前ジョン・レード卿と馬車レースを行ったときを思い出させるものであった。
　陽は傾き、あたりは次第に暗闇に包まれていったが、途中バークスらの妨害を受けることはなく私達は馬車を駆ることができた。

　　　　　　　　挿絵4
　　

挿絵5	ライゲートを過ぎるころになると、街道はあらゆる種類の乗り物で渋滞していた。階級の区別なく、あらゆるものを犠牲にしてもこの試合を見る人たちであった。　一流の御者である伯父でさえも、この混雑はどうしようもなく夜になってしまった。キーンバーム橋へたどり着いた頃にはどの馬車もランプに火をいれた。道筋に並ぶそれは黄金の蛇を思わせる美しいものであった。　　　　馬車はやっと今夜の宿泊である宿・ジョージに到着した。建物の窓やドアからは今宵の賓客を迎えるべく、ともし火が漏れているのが見えた。