第15章　だまし討ち 　宿の前に群がる人々にイライラしていた伯父は、その野次馬の1人に手綱と頭策を投げつけた。人々はこの乱暴な男は一体何者だと騒いだが、それが伯父と分かると「トリージリス万歳！チャールズ卿とその選手に幸運を！伊達者貴族に道をあけろ！」といって、私たちが通れるように道を開けてくれた。私は伯父がこれほどスポーツ界で知られている事を知らなかった。 　そして騒ぎを聞きつけた宿の主人が慌てて出てきて、私たちを歓待してくれた。 　伯父はまず宿の主人にロシアン卿の様子を尋ねると、彼が早々に部屋へ引き取った事を教えてくれた。 　伯父は安堵の表情をし、「ベルチャーはどこにいるんだい？」とたずねた。主人は酒場にいると行ってそのドアをあけた。 　ベルチャーは貴族や金持ちに取巻かれて部屋の奥の席に座っていた。 　その姿は美しく、あれから半世紀以上経った今でも私は彼以上の美男にあうことはなかった。 　伯父が部屋に現れると、中から歓喜と喝采が起こった。 「お入りトリージリス！」 「ロンドンの最新ニュースを知らせてくれ」――― 　彼らは伯父にいっせいに話しかけた。 「知りたい事があるなら後でおしえてあげよう。その前に私には片付けなければならない事があるんだ」といって、伯父はベルチャーにジムの様子を聞いた。ジムはすでに自室に引き取り、明日の試合のためにすでにベッドに入ったということであった。そして伯父はベルチャーにバークスがジムを襲撃する話をした。 　　　　　挿絵6 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　 　　　　　　　挿絵7　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　 　私達は確認のためにジムが寝ている部屋にいった。そしてドアを開けると、テーブルの上に真鍮のランプが赤々と照らされているばかりで、ベッドの中にジムの姿はなかった。 「ジム！　ジム！」とベルチャーは叫んだ 　ベッドには寝た後があったが、窓は片方が開け放たれカーテンが揺らめいているばかりだった。 　私達は裏庭に回り窓の下をしらべた。ジムの足跡のほかに、女の靴の跡が確認された。 　宿の主人によると庭の出口は一ヶ所だけで、そこから出て厩の前を通ると街道にでるということであった。すると厩のほうから明かりが近づいてきた。宿の主人が誰何すると馬丁のビル・シーツルであった。 　彼は厩の外に1時間ばかりいたという。その間に兎の皮の帽子をかぶった赤毛の男と、街道のほうから誰かが苦しがっているような叫び声を聞いたとのことだった。 　その声は鋭く一回聞こえ、誰かが駆け出すような音が聞こえたというのだ。 　伯父はその男からランプをとると街道のほうへ向って行った。いくらも行かないうちに私達は不吉なものを街道で発見した。 　それは真紅のしみとその傍に不気味な小さな棍棒であった･･･。 　　　　　　　　　　挿絵1