第17章　試合場 　やってくる男に私は目を凝らした。伯父は安心したように「甥よ、お前の友達はたしか、どちらかといえば細やかにやりすぎたようだね」といった。 しかし私はこう答えた。「ジムじゃありませんよ。おじさん」伯父は驚愕した。 　ベルチャーさらにこう続けてくれた「おまけに愛すべき男なんです。それがジャック・ハリスンでなかったら、私の首をささげますよ」 　ハリスンは外套の下に黒のズボン。茶褐色の靴下。白い靴で身を固めていた。これが彼の最後の戦いの衣装なのだ。 　そして伯父の元へ駆けつけると、遅くなったことを謝罪した。実はさきにカミングを使者に立てたのだが、酒癖の悪い彼は酔っ払って伯父に選手交代の旨を伝えられなかったのだ。 　ハリスンはジムは、とある事情からこれなくなったこと、そして自分が唯一忠誠を誓う人物の命により、再びリングに上がる事を伝えた。あれだけハリスンのボクシング復帰を反対していた彼の奥方もしぶしぶ承知している。 　ロシアン卿はジムよりも強敵が現れたので抗議をしていたが、一蹴されてしまった。試合が開始されようとしていたまさにそのとき、黒い服を着た紳士が二人の従者を連れてやってきた。その男はサセックスの王室御用地の行政官であり、ここで試合をやるのは不適切でありすぐさま退去せよと命令に来たのである。 　クレーヴィンは何らかの証明書があるかと、この男に言ったが、差し出された青い紙は紛れもなく本物であった。(挿絵5） 　　　　　挿絵5 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　挿絵6 　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　 　　伯父達は仕方なく引き下がり、会場にすべき土地を探すことにした。すると先ほどの行政官がやってきてこう助言した。「サマレ境界のジェイムズ・フォード卿は、この様な集会は私と同様反対ですが、ロング・ホールのメリデュー氏、すなわちハンプシャーの行政官はあまりこの点に云々しないのです」 　彼の言葉に従って私達は移動した。彼は一緒について来ると「私の管理区域はその溝で終ります」(挿絵6）といって今度は先ほどとはうって変わって試合に協力的になり、さっそく試合が見やすい丘へむかって行った。 　やがて仮設の試合会場が作られはじめた。リングの24フィート四方の角に杭が打たれ、その内側は伯父達主宰者や名だたるボクサー達の席であった。そしてその８フィート外に観客席が設けられた。主催者席と観客席の間には試合で興奮し前に押し寄せる観客を身分の差なく打ち据えるため、白い帽子をかぶり銀で裏打ちをした鞭をもった狩出人が控えた。 　リングには先にクラブ･ウィルソンがやって来た。そしてハリスンが彼の全盛時代に背かないように悠然と縄を越えてリングへ入ってきた。(挿絵7） 　彼を迎えた怒号はウィルソンがやってきたよりも情熱的なものであった。ハリスンは彼らにとって脅威だったからである。 　私はしばしば彼の仕事場で彼の腕や首の筋肉を見たことはあったが、その上半身を見るのは始めてであった。そこにはウィルソンのような滑らかな皮膚はなかったが、若き日より衰えぬ筋肉が存在していた。そしてそれを強調するかのようにくすんだ色のズボンをはいていた。 　 　　　　　　　　　　挿絵7 　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　挿絵8 　　　　　　 　試合がまさに始まろうとしていた時に、ロシアン卿が最後の悪あがきか「レフェリー、二人の計量は大丈夫だろうな」とたずねた。(挿絵8） 　クレーヴィン氏が「あなたの選手は33、ハリスンは38です」と答えた。 　そして更にウィルソンについていたダッチ・サムが「あの男は腰から上は50ストーンです。その上半身で試合終了までには、ハリスンから勝利を持ち去る事ができまずぜ」と答えた。 　それに対してベルチャーは「いっそのことハリスン自身を持っていったらどうです？一番の妙案ではないですか？」とかえした。その言葉に群集は笑いの渦と化した。