「迫害の犠牲者が自分の身の安全のために、次には迫害者、それも 最も残忍な迫害者となった」と第２部３章冒頭で語り手は説明する。 第57回はこの言葉についた注釈を（河出No.312)

迫害の犠牲者が…最も残忍な迫害者となった：「モルモン教徒は非常に 長い間迫害を受けており、自治が認められないために今なお迫害されて いると思い込んでいるので、報復しようとしてきたし、今でもそれは 変わらない」
（マーク・トウェイン『苦難を越えて』(1872),付録Ｂ 「マウンテン・メドウズの大虐殺」。 ＡＣＤは付録Ａ「簡略モルモン教史」と本文 12-17章も用いた）
　第３章冒頭のこの言葉は厳しく批判されてきた。確かに表現はあまりにも 大雑把で概括的であるが、1857年から58年にかけてモルモン教徒が 千年王国的恐慌状態にあり、不愉快な結果を伴ったことは事実である ［以下略］

　これは1850年代モルモン教史を説明する注釈で、続く省略部分では 1852年多妻婚公認→1856年モルモン宗教改革→1857年ユタ戦争→ 1858年和平と、《緋色》第２部の背景が簡潔に語られています。

　次は、「たびたび移民が殺されたり、テントが襲撃されたりする」 についたこの注釈（河出No.314)

たびたび移民が：この部分でＡＣＤが主な源泉としたのは、モルモン教団 長老ジョン・ドイル・リー(1812-77)が処刑前に行なった告白である。 リーは教団指導部の許可の下「マウンテン・メドウズの大虐殺」を起こした ことを認めた。1857年９月11日にユタ南西部で発生したこの事件では 百人を越える移民の一団が殺害された。
ＡＣＤはファニー・ステンハウス夫人が著わした『ユタの英国人女性： モルモン教内部でのある人生経験の物語』(1880)を持っていたが、 この本にはハリエット・ビーチャー・ストウによる序文の他 リーの告白が収録されていた。

　40家族140人の移民隊が襲撃され、生存は６才以下の幼児17人のみ。 目的は金品・物資の略奪だったというマウンテン・メドウズの大虐殺。 20年後、教団幹部リーが責任者とされ、銃殺されますが、教団ぐるみの
犯行ではなかったか、現在も研究が続いているそうです。

　続いて、「後宮に姿を現わした女たちは一様に、泣きはらした顔に いやしがたい恐怖の色を浮かべていた」についた注釈を（河出No.315)

恐怖の色を：古代ローマの伝説、サビニ女の掠奪（レイプ）じみた所が あるこの一節には何の証拠も存在しないようである。 モルモン共同体の繁殖水準を考えると、モルモン教徒には 後宮に新しい血を入れる必要はほとんど存在しなかった。 けれども、マウンテン・メドウズの大虐殺を生き延びた子供がいたのは 事実だから、それがこの話の起源になったとも考えられる。 ＡＣＤはルーシー・フェリアが最終的に暴行(レイプ)されることを強調 したかった。ところが当時の文学の約束事では明言できなかったので、 これが強調する一つの方法であった。

　ローマの地に移住した男たちは、近くに住むサビニ人をだまして 女たちを掠奪し妻にする。怒ったサビニ人と戦が始まるが、これ以上の 争いはやめてくれと掠奪された女たちが懇願し、平和が訪れる。 ローマ建国伝説の一エピソード、なかなか感動的な「サビニ女の掠奪」、 西洋芸術のテーマとして何度も取り上げられているそうです。

　第３章からもう一つ「ダナイト団」を説明する注釈を（河出No.316)

「ダナイト団」…：ダナイト団は1838年に組織され、報復を遂行した。 創設者がダンの士族と主張したことが名前の由来だが、 ダンは創世記に記されたヤコブの息子の一人である。 ジョセフ・スミスはダナイト団員を教団から追放し、組織を禁止したらしい。 1856年から58年にかけて同種の組織が復活したようであり、奴隷問題を めぐるカンザス州の争いでは類似する暗殺団や自警団が暗躍した。 もっとも、この争いはしばしば単なる土地収奪や私的反目に帰着した。 すべての殺人が夜間行われたわけではなく、 すべての加害者が正体不明なわけでもなかった。 太平洋斜面ではこの種の物語が盛んに飛び交い、それらは様々な暴露話、 例えばブリガム・ヤングの逃亡した27番目の妻という形に作り直されて、 1870年代に出現した。 ホアキン・ミラー…は『シェラ山中のダナイト団』という演劇を製作し、 新聞や雑誌はダナイト団をテーマとする穏健な好色記事を大量に吐き出した。 スティーブンソン夫妻がＡＣＤにこのアイディアを固く植えつけた［以下略］

　モルモン教団創設者ジョセフ・スミスの指揮・関与はあったのか、 ダナイト団についても研究が続いているようです。