シャーロッキアンの果てしなき冒険　 by 水野 雅士 １．ホームズ物語に出てくる主な繊維製品 ４）植物性繊維の織物：綿・麻などの繊維を織ったもの （3）その他の植物性繊維 登場する事件名　 《四つのサイン》《花婿失踪事件》《隠居絵具屋》《踊る人形》《青いガーネット》《花嫁失踪事件》 《フラーンシス・カーファックスの失踪》 　その他の植物性繊維の織物としては、衣類ではありませんが、たとえば次のようなものが出てきます。《四つのサイン》（p81）でホームズはアンダマン諸島の原住民だったトンガが落として行った「染色した草を織った小さな袋のようなもの」を見つけました。それは周りにけばけばしいビーズ飾りがついていて、なかには吹き矢の毒針が入っていました。また《花婿失踪事件》（p74）でメアリ・サザランド嬢がかぶっていたのは、レンガ色の羽根飾りが一本ついている、青みがかった灰色の、つばが大きい麦わら帽子でしたが、《隠居絵具屋》(p355)でワトスンが依頼人、ジョサイア・アンバリーを訪ねていったとき、アンバリーがかぶっていたのは古い麦わら帽子でした。さらに《踊る人形》（p152）に出くるエイブ・スレイニはパナマ帽をかぶって登場しますが、パナマ帽はもともとはエクアドル産のパナマ草の若葉を細く裂いて漂白しこれを編んで作った夏帽子であります。 (左）メアリ・サザランドの麦わら帽 《花婿失踪事件》 (右）エイブ・スレイニのパナマ帽 《踊る人形》 (Ｓ・パジェット画) 　余談になりますが、家具調度品としてホームズの部屋には籐椅子（a basket chair）があり、たとえば《青いガーネット》（p276）ではコスモポリタン・ホテルの案内係主任ジェイムズ・ライダーを連れてきて座らせましたし、《花嫁失踪事件》では訪ねてきた依頼人のセント・サイモン卿に「どうぞ、そこの柳細工の椅子におかけください」と勧めています。ここで「河出書房新社版ホームズ全集」で「柳細工の椅子」と訳されている原文は「the basket chair」であり、材料が籐であれ、柳であれ、とにかくそういった植物性繊維で編んだ椅子と解釈すればよいのでしょう。また《フラーンシス・カーファックスの失踪》の冒頭においても、ワトスンが籐椅子に長々ともたれて休息をとっています。このほかにも、《唇の捩れた男》（p231）のセントクレア夫人宅でホームズが座っている椅子および《ギリシャ語通訳》（p319）において部屋でワトスンとくつろいでいるときのホームズの椅子は、明らかに籐椅子（a basket chair）でありますが、シドニー・パジェットの挿絵で見るかぎり《青いガーネット》と《ギリシャ語通訳》とでは籐椅子のタイプが違っているようです。ホームズの部屋には違ったタイプの籐椅子があったか、ある時期に買い換えたと考えるほかありません。いずれにせよ、このように見てくると、ホームズ物語に登場する植物繊維にも、いろいろなものがあることがわかります。　　 セントクレア夫人とホームズ 《唇の捩れた男》 (Ｓ・パジェット画 ) 籐椅子で悩むライダー 《青いガーネット》 (Ｓ・パジェット画) くつろぐホームズとワトスン 《ギリシャ語通訳》 (Ｓ・パジェット画)