シャーロッキアンの果てしなき冒険　 by 水野 雅士 ２．ホームズ物語に出てくる主な登場人物の服装 １）男の服装 （15）その他の服 その他 　以上に述べたもののほかにも、ホームズ物語にはさまざまな衣服がピンからキリまで出てきます。それらのなかからいくつかを拾ってみますと、たとえば《緋色の習作》においてアメリカ大陸中央部の果てしない荒野をさ迷うジョン・フェリアは「ビロードの上着（velveteen tunic）」（p109）を着ていましたし、主役のジェファースン・ホープが物語のなかで初めて登場したとき着ていたのは「猟師が着る粗末な服（the rough dress of a hunter）」（p119）でした。 　また《四つのサイン》（p33）では依頼人のメアリ・モースタン嬢がホームズやワトスンに付き添われて指定された待ち合わせ場所のライシーアム劇場へ行ってみると「馭者の服装をした（in the dress of a coachman）」浅黒い小男が迎えに現われまました。そして馬車で案内された先はロンドン南部のいかがわしい地域にあるサディアス・ショルトーの屋敷でしたが、一行が到着すると「白くゆったりした服に黄色の帯を結んだヒンドゥーの使用人」が門の扉を開けたのであります。 お祈りをするジョン・フェリアとルーシー 《緋色の習作》 R・Gutschmidt画(1902) 猟師が着る粗末な服の ジェファースン・ホープ、　　　　　　　　　　　　　　　《緋色の習作》 R・Gutschmidt画(1902) 　さらに《ボヘミアの醜聞》（p24）でボヘミア王がホームズを訪ねたとき着ていたのは、そで口とえりに幅の広いアストラカンの毛皮がついたダブルの上着（double-breasted coat）でした。あるいはまた《唇の捩れた男》（p221）では、セントクレア夫人が偶然アヘン窟の窓辺にいる夫の姿を見かけたとき「セントクレア氏は、屋敷を出た時に着ていた黒っぽい上着（some dark coat）を着ていたにもかかわらず、カラーもネクタイもつけていなかった」のであります。この上着についての明確な記述はありませんが、セントクレア氏の職業が新聞記者だったことから、おそらく普通の背広か、あるいはフロックコートだったと思われますが、物語の展開にしたがって、この上着がやがて重要な役割を占めることになっていきます。そのほか《緑柱石の宝冠》（p427）では浮浪者に変装したホームズが、てかてか光ったみすぼらしいコート（shiny seedy coat）を着ていましたし、変わったものとしては《グロリア・スコット号》（p183）でホームズの学友ヴィクター・トレヴァーの父親が遺書として書き残した手紙のなかに、その昔彼がボートでグロリア・スコット号から脱出したとき、飲料水や食糧などといっしょに積み込まれた「水兵の服（a suit of sailor's togs）」のことが記されていたり、《フラーンシス・カーファックスの失踪》（p219）ではワトスンが、フランスで見知らぬ男につかみかかられて窮地に陥ったとき、助けてくれた労働者（じつはホームズの変装）の着ていた「青の仕事着（a blue blouse）」などの例があります。　 ダブルの上着姿 の ボヘミア国王 《緋色の習作》　　　 Ｓ・パジェット画 窮地のワトスンを救う 青い仕事着 のフランス 人労働者 《フラーンシス・カーファ ックスの失踪》 Ａ・ポール画