シャーロッキアンの果てしなき冒険　 by 水野 雅士 第７章　鉄道で駆けつける地方の事件 ３. 州別にみた地方の事件 　これまでロンドンのターミナル駅を軸にして地方の事件を見てきましたが、これを州別に分類し一覧表で見てみましょう。参考までに英国の州名を、ホームズ物語に出てくるものを中心に、地図２で示しておきます。 　　 １）事件の州別分類表 　 　ホームズが関わった事件のうち、首都圏ロンドン以外で起こったものは、サリー州の事件がもっとも多く９件を数え、その次がサセックス州の６件、ケント州とハンプシァがそれぞれ３件であります。これらはいずれもロンドンより南部に位置している州であり、南部諸州の事件が圧倒的に多いことがわかります。次いでロンドンの西にあたるバークシァ、北東にあたるノーフォーク州および西南部のデヴォンシァの事件が各々２件づつあり、あとはヘレフォードシァ、ウースターシァ、ハラムシァ、ダービシァ、ケンブリッジ州、コーンワル州、エセックス州、ミドルセックス州、ベッドフォード州、サフォーク州でそれぞれ１件づつの合計10件、というように各地に広く分散しています。そのほかに発生場所がケンブリッジ州かオックスフォード州かはっきりしない事件が《三人の学生》と《這う男》の２件であります。また《白銀号事件》は事件の発生はデヴォンシァのダートムアでしたが、決着がついたのはウェセックス杯のレースが行なわれたハンプシァのウィンチェスターにある競馬場であります。《四つのサイン》のように、最初の事件はロンドン南部の境界に隣接するサリー州のアッパー・ノーウッドで起こりますが、その後のホームズとワトスンの捜査活動はほとんどロンドンの首都圏内で行なわれ、ロンドンの東の端にあたるテムズ河の水域で決着がついたというものもあります。さらに《三人ガリデブ》に出てくる依頼人ネイサン・ガリデブが、事件がらみでバーミンガムまで行かされる羽目になったり、ロンドン南部のルイシャムで発生した《隠居絵具屋》の事件では、ホームズが依頼人のジョサイア・アンバリをエセックッス州の東北端フリントンに近いリトル・バーリントンまで行かせたりしています。 　以上述べたそれぞれの事件名、事件現場の所在地、鉄道の最寄駅、およびそこへ出かけるためのロンドンのターミナル駅と鉄道会社などを一覧表にまとめてみると、下の表２のようになります。同一州のなかにおける事件の順番は物語が執筆された順としました。架空の場所は（　）で表示し、事件現場への鉄道の最寄駅を［　］で示してあります。ロンドンのターミナル駅名は物語に記述があるなしにかかわらず、ホームズやワトスン、あるいはその他の登場人物が利用したと推定されるものを表示し、複数考えられる場合には可能性あるものを併記しています。コメント欄では、主として当該事件に関係して鉄道を利用したと思われる人物を記し、Ｈはホームズ、Ｗはワトスンの略であります。鉄道会社は略号で示しましたが、それぞれの略号と鉄道会社名との対応は次の表のとおりであります。 表１　鉄道会社の略号 略　号 鉄　道　会　社　名 ＧＣ グレイト・セントラル鉄道 ＧＥ グレイト・イースタン鉄道 ＧＮ グレイト・ノザン鉄道 ＧＷ グレイト・ウェスタン鉄道 ＬＢ＆ＳＣ ロンドン・ブライトン・アンド・サウス・コースト鉄道 ＬＣ＆Ｄ ロンドン・チャタム・アンド・ドーヴァー鉄道 Ｌ＆ＮＷ ロンドン・アンド・ノースウェスタン鉄道 Ｌ＆ＳＷ ロンドン・アンド・サウスウェスタン鉄道 ＭＩＤ ミッドランド鉄道 ＳＥ サウス・イースタン鉄道 表２　事件発生箇所の州別分類　　(事件現場の所在地が架空の場合は（　）で表示) 州名 事件名 事件現場 　［最寄駅］ ロンドンの ターミナル駅 鉄道会社 鉄道利用者および 　その他のコメント サリー州 四つのサイン アッパー・ノーウッド［西ノーウッドほか］ ヴィクトリア駅またはロンドン橋駅 ＬＢ＆ＳＣ この事件ではＨとＷは 鉄道をつかわず、馬車を使った。 まだらの紐 （ストーク・モラン）［レザヘッド］ ウォータールー駅 Ｌ＆ＳＷ Ｈ、Ｗ　別途ヘレン・ストウナ、別途グリムズビー　・ロイロット ボール箱 クロイドン ［東クロイドン］ ヴィクトリア駅またはチャリング・クロス駅 ＬＢ＆ＳＣまたはＳＥ Ｈ、Ｗ　別途Ｇ・レストレイド警部 黄色い顔 ノーベリ ［ノーベリ］ ヴィクトリア駅またはチャリング・クロス駅 ＬＢ＆ＳＣ Ｈ、Ｗ　別途グラント・マンロウ ライゲイトの大地主 ライゲイト ［ライゲイト］ チャリング・クロス駅 ＳＥ Ｈ、Ｗ 海軍条約文書事件 ウォウキング ［ウォウキング］ ウォータールー駅 Ｌ＆ＳＷ Ｈ、Ｗ 孤独な自転車乗り ファーナム ［ファーナム］ ウォータールー駅 Ｌ＆ＳＷ Ｈ，Ｗ　別途ヴァイオレット・スミス ウィステリア荘 エシャー ［エシャー］ ウォータールー駅 Ｌ＆ＳＷ Ｈ、Ｗ　別途スコット・エクルズ 高名な依頼人 キングストン・オン・テムズ［キングストン］ ウォータールー駅 Ｌ＆ＳＷ Ｈの一回目は馬車。Ｈの二回目およびＷは何を使ったか不明。 サセックス州 オレンジの種五つ ホーシャム［ホーシャム］ ヴィクトリア駅またはウォータールー駅 ＬＢ＆ＳＣまたはＬ＆ＳＷ ジョン・オウプンショウ マスグレーヴ家の儀式 （ハールストン）［西サセックス州の小駅］ ヴィクトリア駅？定説なし。 ＬＢ＆ＳＣ Ｈ、レジナルド・マスグレーヴ 黒ピータ （ウッドマンズ・リー）［フォレスト・ロウ］※ ヴィクトリア駅 ＬＢ＆ＳＣ Ｈ、Ｗ、スタンリー・ホプキンズ警部 ※最寄駅はフォレスト・ロウの南の小駅コールマンズ・ハッチとの説が有力。 恐怖の谷 （バールストン）［タンブリッジ・ウェルズ］※ ヴィクトリア駅またはチャリング・クロス駅 ＳＥまたはＬＢ＆ＳＣ Ｈ、Ｗ、アレック・マクドナルド警部 ※最寄駅は（バールストン）の東方にあるケント州の州境タンブリッジ・ウェルズ。 サセックスの 吸血鬼 ホーシャム［ホーシャム］ ヴィクトリア駅またはウォータールー駅（途中乗り換） ＬＢ＆ＳＣ Ｈ、Ｗ、ロバート・ファーガスンはヴィクトリア駅から出発 ライオンのたてがみ （フルワース）［イーストボーン］※ ヴィクトリア駅またはロンドン橋駅 ＬＢ＆ＳＣ ※Ｈが引退した地元で起こった事件でＨの長距離移動はなかった ケント州 ギリシャ語通訳 ベクナム［ベクナム］ ロンドン橋駅 ＬＢ＆ＳＣ Ｈ、Ｗ、マイクロフト・ホームズ、トバイアス・グレグスン警部 金縁の鼻めがね （ヨックスリ・オールド・プレイス）［チャタム］ チャリング・クロス駅 ＳＥ Ｈ、Ｗ、スタンリー・ ホプキンズ警部 アビ農園 マーシャム［チズルハースト］ チャリング・クロス駅 ＳＥ Ｈ、Ｗ ハンプシァ ぶな屋敷 ウィンチェスター［ウィンチェスター］ ウォータールー駅またはパディントン駅 Ｌ＆ＳＷまたは ＧＷ Ｈ、Ｗ 曲がった男 オールダショット［オールダショット］ ウォータールー駅 Ｌ＆ＳＷ 一回目Ｈのみ 二回目Ｈ、Ｗ トール橋 ウィンチェスター［ウィンチェスター］※ ウォータールー駅 Ｌ＆ＳＷ Ｈ、Ｗ　 ※ウィンチェスターから馬車。最寄駅は［イッチンアバス］ バークシァ 技師の親指 （アイフォード）［レディング］ パディントン駅 ＧＷ Ｈ、Ｗ,ヴィクター・ハザリ、ブラッド・ストリート警部、私服刑事 ショスコム荘 （ショスコム・オールド・プレイス）※ パディントン駅 ＧＷ Ｈ、Ｗ　※定説なし。バークシァが多数説なるも根拠薄弱 デヴォンシァ 白銀号事件 （キングズ・パイランド）［タヴィストック］ パディントン駅 ＧＷ Ｈ、Ｗ バスカヴィル家の犬 ダートムア［タヴィストック］ パディントン駅 ＧＷ Ｗ、ヘンリー・バスカヴィル、モーティマー医師　別途Ｈ、別途Ｇ・レストレイド警部 ノーフォーク州 グロリア・スコット号 （ドニソープ）［？］ ─※ ？ ※Ｈが学生時代の事件で、彼はロンドンにいなかった。 踊る人形 （リドリング・ソープ館） ［ノース・ウォルシャム］ リヴァプール街駅 ＧＥ Ｈ、Ｗ ヘレフォードシァ ボスコム谷の惨劇 ロス［ロス］ パディントン駅 ＧＷ Ｈ、Ｗ ウースターシァ 株式仲買店員 バーミンガム［バーミンガム］ ユーストン駅 Ｌ＆ＮＷ Ｈ、Ｗ、ホール・パイクロフト 　 ハラムシァ プライオリ学校 （マックルトン）［？］ ユーストン駅またはセン・パンクラス駅 Ｌ＆ＮＷまたはＭＩＤ Ｈ、Ｗ、ソニー・ハクスタブル博士 ケンブリッジ州 スリー・クォーターの失踪 ケンブリッジ［ケンブリッジ］ キングズ・クロス駅※ ＧＮ Ｈ、Ｗ　※出発駅には諸説あり。 コーンワル州 悪魔の足 （トレダニック・ウォラス）［ヘルストン］ パディントン駅 ＧＷ Ｈ、Ｗ エセックス州 最後の挨拶 ハリッジ近辺 ※ ※ ※ＨとＷは鉄道ではなく、Ｗの運転するフォードを使った。 ミドルセックス州 三破風館 ハロウ・ウィールド［ハロウ・ウィールド］ ユーストン駅 Ｌ＆ＮＷ Ｈ、Ｗ ベッドフォード州 白面の兵士 （タックスバリ・オールド・パーク）［ベッドフォード近郊の小駅］※ ユーストン駅 Ｌ＆ＮＷ Ｈ、Ｊ・Ｍ・ドッド、サー・ジェイムズ・ソーンダズ　 ※ユーストン駅からはベッドフォードへ行けないとのクリストファー・モーリーの指摘あり。松下説ではＬ＆ＮＷの支線の小駅から可能とみる。 オックスフォード州またはケンブリッジ州 　 　 三人の学生 オックスフォード［オックスフォード］またはケンブリッジ［ケンブリッジ］ パディントン駅またはキングズ・クロス駅 ※ ＧＷまたはＧＮ※ Ｈ、Ｗ ※ケンブリッジへの出発駅には諸説あり。 這う男 Ｈ、Ｗ　別途トレヴァー・ベネット、イーディス・プレスベリィ ※ケンブリッジへの出発駅には諸説あり。 　表の最後にある《三人の学生》と《這う男》の事件については、その現場がオックスフォードなのか、ケンブリッジなのかがはっきりしないものであります。前者は「ある有名な大学町」と出てくるだけであり、後者には「ケンフォード大学」というケンブリッジとオックスフォードをミックスした架空の大学名が使ってあるのです。なおホームズの出身大学がケンブリッジかオックスフォードかという問題に関しては、多くのシャーロッキアンによって論争がなされてきましたが、いまだに決着をみていません。