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シャーロッキアンの果てしなき冒険 by 水野 雅士
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第4章 悪党の系譜
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悪党の種類について
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ホームズ物語にはさまざまな犯罪が登場しますが、その種類も殺人から窃盗、誘拐、監禁、恐喝、文書隠匿、さらには法律上の犯罪を構成していない家庭問題などにいたるまで多種多様であり、犯人も根っからの悪党もいれば、悪いとは知りながら出来心でつい悪事に手を出してしまったり、不運にも遭遇した事故や正当防衛による過失致死の行為を隠そうとしたふつうの人間もいます。また、犯罪には組織的犯罪と個人的な犯罪とがありますが、組織的犯罪の場合には、すぐあとに見るモリアーティ教授の一味のように、社会的倫理規範に照らして誰が見ても明らかな悪党と、そうではなくて国際的スパイ活動のように、客観的にみれば悪党と呼ぶのは適当ではなく、それぞれの国の立場で行動しているために、互いに敵方を悪党扱いしている場合とがあります。一方、ホームズ物語に出てくる悪党には個人プレイヤーも少なくありません。個人的犯罪の多くは、その目的が金銭や財産の取得でありますが、なかには復讐や正当防衛、あるいは事故など、犯人を悪党ときめつけてしまうには少々酷なものもあります。
犯人の所属している社会階層は上流階級から下層階級までさまざまですが、ホームズ物語では上流階級の犯罪が意外に目立つのが特徴的であります。これはたぶん、下層階級に多い個人的で衝動的な犯罪は警察の手で簡単に片付きますが、高度な教育を受けた上流階級の知能的、計画的犯罪にはしばしば解決の難しいものが多く、警察の手には負えなかったものがホームズのところに回ってきたという事情によるものと思われます。《赤毛組合》に出てくるジョン・クレイなどは、ロンドン警視庁のジョウンズ警部の説明によれば、殺人犯、窃盗犯、にせ金使い、それに文書偽造犯で「まだ若いのですが、この世界では親分格で、（略）祖父は王家の血を引く公爵で、彼自身もイートンからオックスフォードへ進学し（略）頭も切れるし、指先も器用で機敏だし、事件がおこるたびに、奴がやったという形跡は残っていても、どこにいるのか、さっぱりしっぽがつかめない」という典型的な知能犯であります。
《ブルース-パーティントン設計図》のなかでホームズが、捕まえた犯人に「立派なイングランド紳士がこういうまねをするとは、理解に苦しみます」という場面があります。ホームズのこの言葉には、彼が英国社会の常識である「ノブレス−オブリージュ（noblesse−oblige）」〔地位が高ければ高いほど、それにともなって守るべき信義上の責任と義務も大きくなり、軽率なことはできなくなる〕という考え方に無意識のうちにとらわれて、紳士といわれるような社会的地位にある人物を最初から容疑者の対象から外してしまったことに対する苦々しい反省が込められているのであります。ホームズは《白面の兵士》のなかで自分の捜査術を「単なる常識を系統立てただけ」と言っていますが、犯罪の世界に「ノブレス−オブリージュ」の常識は通用しなかったのであります。
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(参考資料）
ホームズ物語各事件の遠因から結末
(作成 関矢 悦子）
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| 発表順 |
事件名 |
事件の遠因 |
事件の発端 |
犯罪の種類 |
事件の結末 |
| 1 |
《緋色の習作》
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男女関係(復讐） |
殺人 |
殺人 |
容疑者逮捕(公判前に病死） |
| 2 |
《四つのサイン》 |
過去の犯罪(復讐） |
不思議な手紙 |
殺人、窃盗 |
容疑者逮捕(一人は死亡） |
| 3 |
《ボヘミアの醜聞》 |
男女関係(復讐） |
脅迫 |
脅迫未遂 |
容疑者海外逃亡 |
| 4 |
《花婿失踪事件》※ |
家庭関係(経済） |
失踪 |
結婚詐欺 |
容疑者を罰する法律なし |
| 5 |
《赤毛組合》※ |
犯罪 |
奇妙な出来事 |
窃盗未遂 |
容疑者逮捕 |
| 6 |
《ボスコム谷の惨劇》 |
過去の犯罪(清算) |
殺人 |
殺人 |
容疑者不逮捕(数ヶ月後に病死） |
| 7 |
《オレンジの種五つ》 |
過去の出来事 |
不思議な手紙 |
殺人 |
依頼人死亡、容疑者逃亡(乗っていた船が沈没) |
| 8 |
《唇の捩れた男》 |
家庭問題(経済） |
失踪 |
|
事件性なし |
| 9 |
《青いガーネット》 |
犯罪 |
奇妙な出来事 |
宝石窃盗 |
容疑者不逮捕(外国へ逃亡） |
| 10 |
《まだらの紐》 |
家庭関係(経済） |
奇妙な出来事 |
殺人未遂 |
容疑者事故死 |
| 11 |
《技師の親指》 |
犯罪 |
傷害 |
硬貨偽造、殺人未遂 |
容疑者逃亡 |
| 12 |
《花嫁失踪事件》 |
家庭問題 |
失踪 |
|
事件性なし |
| 13 |
《緑柱石の宝冠》 |
家庭関係 |
盗難 |
宝石窃盗 |
宝石は取り戻したが容疑者不逮捕 |
| 14 |
《ぶな屋敷》 |
家庭関係(経済） |
奇妙な出来事 |
監禁 |
容疑者は自宅で介護状態 |
| 15 |
《白銀号事件
シルヴァー・ブレイズ》 |
男女関係(経済） |
殺人 |
器物破損 |
事故死 |
| 16 |
《ボール箱》 |
家庭関係(アルコール） |
奇怪な小包み |
殺人 |
容疑者逮捕 |
| 17 |
《黄色い顔》 |
家庭問題(疑惑） |
奇妙な出来事 |
|
事件性なし |
| 18 |
《株式仲買店員》 |
犯罪 |
奇妙な出来事 |
強盗殺人 |
容疑者が自殺未遂 |
| 19 |
《グロリア・スコット号》 |
過去の悪事 |
不思議な手紙 |
|
事件性不明 |
| 20 |
《マスグレーヴ家の儀式》 |
犯罪 |
失踪 |
事故死(？） |
容疑者の一人は逃亡、もう一人は事故死(？） |
| 21 |
《ライゲイトの大地主》 |
悪事を恐喝 |
殺人 |
殺人 |
容疑者逮捕 |
| 22 |
《曲がった男》 |
男女関係 |
不審な死 |
|
事件性なし |
| 23 |
《入院患者》 |
過去の出来事の清算 |
奇妙な出来事 |
自殺にみせかけた殺人 |
容疑者逃亡するが乗船していた船が沈没 |
| 24 |
《ギリシャ語通訳》 |
財産横領 |
奇妙な出来事 |
殺人、殺人未遂 |
容疑者逃亡するが死亡 |
| 25 |
《海軍条約文書事件》 |
家庭関係 |
文書紛失 |
窃盗 |
容疑者は逃亡、文書は取り戻す |
| 26 |
《最後の事件》 |
組織的犯罪 |
脅迫 |
事故死(?) |
容疑者・被害者とも行方不明 |
| 27 |
《バスカヴィル家の犬》 |
財産横領 |
不審な死 |
殺人、殺人未遂 |
容疑者事故死 |
| 28 |
《空き家の冒険》 |
賭事の八百長 |
殺人 |
殺人 |
容疑者逮捕 |
| 29 |
《ノーウッドの建築士》 |
男女関係(復讐) |
焼死体 |
殺人に偽装 |
容疑者逮捕 |
| 30 |
《孤独な自転車乗り》 |
財産横領 |
奇妙な出来事 |
強制結婚 |
容疑者逮捕 |
| 31 |
《踊る人形》 |
男女関係(復縁） |
奇妙な出来事 |
殺人 |
依頼人死亡、容疑者逮捕 |
| 32 |
《プライオリ学校》 |
家族関係 |
失踪 |
誘拐、殺人 |
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| 33 |
《黒ピータ》 |
犯罪 |
殺人 |
殺人 |
容疑者逮捕 |
| 34 |
《犯人は二人》 |
若き日の戯れ(恐喝） |
恐喝 |
殺人、家宅侵入 |
容疑者不逮捕 |
| 35 |
《六つのナポレオン》 |
犯罪 |
家宅侵入、器物破損 |
殺人、家宅侵入 |
容疑者逮捕 |
| 36 |
《三人の学生》 |
家族問題(破産） |
|
窃盗(？） |
自主退学 |
| 37 |
《金縁の鼻めがね》 |
夫婦関係 |
殺人 |
過失致死 |
容疑者自殺 |
| 38 |
《スリー・クォーターの失踪》 |
家庭問題 |
失踪 |
|
事件性なし |
| 39 |
《アビ農園》 |
夫婦関係(アルコール） |
殺人 |
過失致死 |
容疑者不逮捕 |
| 40 |
《第二の汚点》 |
若き日の戯れ(恐喝） |
文書紛失 |
文書隠匿、殺人 |
容疑者が殺害される |
| 41 |
《恐怖の谷》 |
組織的犯罪 |
組織構成員からの密告 |
殺人 |
被害者事故死(と見せた殺人) |
| 42 |
《ウィステリア荘》 |
組織的犯罪 |
関係者からの依頼 |
殺人 |
容疑者逃亡 |
| 43 |
《ブルース-パーティントン設計図》 |
犯罪 |
死体と機密設計図の発見 |
殺人 |
容疑者逮捕 |
| 44 |
《悪魔の足》 |
家族関係 |
不審な死 |
殺人 |
容疑者の死 |
| 45 |
《赤い輪》 |
男女関係 |
奇妙な出来事 |
過失致死(正当防衛) |
悪漢の死 |
| 46 |
《フラーンシス・カーファックスの失踪》 |
犯罪 |
失踪 |
窃盗、殺人未遂 |
被害者の無事発見 |
| 47 |
《瀕死の探偵》 |
犯罪 |
奇怪な小包み |
殺人未遂 |
犯人逮捕 |
| 48 |
《最後の挨拶》 |
組織的犯罪 |
首相からの依頼 |
国家機密流出未遂 |
スパイ逮捕 |
| 49 |
《マザリンの宝石》 |
犯罪 |
首相と内務大臣からの依頼 |
宝石窃盗 |
犯人逮捕 |
| 50 |
《トール橋》 |
夫婦関係(復讐） |
不審な死 |
殺人に偽装 |
事件性なし、容疑者の無罪を証明 |
| 51 |
《這う男》 |
家庭問題(老い） |
奇妙な行動 |
|
事件性なし |
| 52 |
《サセックスの吸血鬼》 |
家庭関係 |
奇妙な出来事 |
傷害 |
容疑者の転地療法 |
| 53 |
《三人ガリデブ》 |
犯罪 |
奇妙な出来事 |
紙幣偽造、傷害 |
犯人逮捕 |
| 54 |
《高名な依頼人》 |
男女関係 |
匿名の人物からの依頼 |
大きな事件性なし |
婚約解消 |
| 55 |
《三破風館
スリー・ゲイブルズ》 |
男女関係 |
奇妙な申し出 |
文書強盗 |
容疑者から慰謝料を出させる |
| 56 |
《白面の兵士》 |
家庭問題 |
失踪 |
|
事件性なし |
| 57 |
《ライオンのたてがみ》 |
嵐 |
不審な死 |
事故死 |
事件性なし |
| 58 |
《隠居絵具屋》
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夫婦関係(復讐） |
失踪 |
殺人 |
容疑者逮捕 |
| 59 |
《覆面の下宿人》
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過去の犯罪 |
罪の意識 |
(過去の）殺人 |
事件性なし |
| 60 |
《ショスコム荘》
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家庭問題(経済） |
謎の骨 |
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事件性なし |
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※
4《花婿失踪事件》と5《赤毛組合》はコナン・ドイルの執筆順です。ストランド・マガジンに掲載された順番は4《赤毛組合1891年8月号》、5《花婿失踪事件1891年9月号》です。 |
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