シャーロッキアンの果てしなき冒険　 by 水野 雅士 第5章　警察と警官たち 　 　7. グレゴリー警部 　《白銀号事件（シルヴァー・ブレイズ）》はロス大佐の持ち馬で、ウェセックス・カップ・レースの本命馬である白銀号が、レースの直前に失踪し、その調教師が死体で発見される事件であることは、すでに第４章２.「３）ジョン・ストレイカー」項で述べたとおりであります。英国南西部デヴォンシャのダートムアへ出向いたホームズとワトスンはタヴィストックという小さな町で列車を降りると、 駅で二人の紳士に出迎えられました。そのときの様子をワトスンはこう書き記しています。「一人は、背が高くて色白で、ライオンのような髪とあごひげをはやし、空色の瞳が妙に鋭い男だった。 もう一人は、背の低い、油断のない人物だった。 フロック・コートを着て、ゲートルをつけ、よく手入れをされた頬ひげをはやし、片眼鏡をかけた、なかなかさっぱりとした小粋な身なりだ。 後者がスポーツマンとして有名なロス大佐であり、前者はグレゴリー警部で、イングランド警察界で急速に評判を高めている人物だ。」　 グレゴリー警部（右端から二番目） （シドニー・パジェット画） 《白銀号事件》より 　ジャック・トレイシーの 「シャーロック・ホームズ大百科事典」 の『グレゴリー警部』 の項によれば、この事件を任されたグレゴリー警部は「スコットランド・ヤードの警部であろう」 としています。この事件は白銀号の厩舎があったデヴォンシャーのダートムアで発生したものでありますが、ウェセックス・カップ ・レースが開催されたのはハンプシァのウィンチェスターであり、首都圏以外の事件ではあっても複数の地方にまたがる広域捜査の場合には、スコットランド・ヤードが乗り出すというのは 当時のルールとしてあり得ないことではなかったのであります。　 　グレゴリー警部を有名にしているのは《白銀号事件》のなかで、彼とホームズが交わした次の問答であり、これはシャーロッキアンの間に広く知られたものであります。 「ほかに、わたしが注意すべき点がありますか？」とグレゴリー警部。 「あの夜の、犬の奇妙な行動についてです」 「あの夜、犬は何もしませんでした」 「それが奇妙なのです」とシャーロック・ホームズは言った。　 「あの夜の、犬の奇妙な行動についてです」 （シドニー・パジェット画） 《白銀号事件》より