シャーロッキアンの果てしなき冒険　 by 水野 雅士 第６章　ロンドンという舞台 付録　ホームズ物語に出てくるロンドンの地名や場所 地図Ａ　ロンドン中央部とシティ西部 b.官庁街ホワイト・ホール 　トラファルガー・スクエアの中央部から真南に下っているのがホワイト・ホールと呼ばれる官庁街であります。ホワイト・ホールに入るとすぐ左側は、かつてコックス銀行があったところで、ワトスンは《トール橋》の冒頭で、ホームズの事件記録をぎっしり詰め込んだブリキ製の文書箱をこの銀行の大金庫に預けてあると述べています。 　またこのコックス銀行跡のすぐ先にホワイトホール・プレイスという辻があり、これを東へに入るとすぐ左側には第５章「１．スコットランド・ヤード（ロンドン警視庁）」の末尾で触れた初代スコットランド・ヤードの跡があります。 　ホワイト・ホールの右側には、通りに沿って北から順に、海軍省、大蔵省、それからダウニング街を挟んで首相官邸、外務省、植民地省、内務省などの諸官庁舎が並んでおり、ホワイト・ホールはさらにその先で、東西に走るチャールズ街ともう一ブロック南のグレイト・ジョージ街の２本の通りとキの字形に交差します。チャールズ街は《海軍条約文書事件》の依頼人パーシ・フェルプスが盗まれた機密文書を追いかけて走り出た通りであります。グレイト・ジョージ街はウェストミンスター寺院と国会議事堂の北側に沿ってウェストミンスター橋にいたる通りで《ブルース・パーティントン設計図》に出てくるドイツのスパイ、アドルフ・メイヤーはここに住んでいました。ホームズが解決したこの官庁筋に関わる政府や王室関係の事件には《海軍条約文書事件》と《ブルース・パーティントン設計図》のほかにも、《緑柱石の宝冠》《第二の汚点》《マザリンの宝石》などがあります。 　この官庁街の西側にはセント・ジェイムズ・パークがあり、その北側にはジョージ三世（1738-1820）の第二子で陸軍総司令官だったヨーク公フレデリック（1763-1827）を記念して建てられたヨーク公記念塔があります。 ダウニング街10番の首相官邸 The Harmsworth London Magazine1903年11月号掲載 　また、この公園の西にはバッキンガム宮殿が隣接していて、その南にはヴィクトリア駅があり、そこはサウス・イースタン・アンド・チャタム鉄道やロンドン・ブライトン・アンド・サウス・コースト鉄道などの始発駅であります。《最後の事件》で悪の帝王モリアーティ教授の魔手を逃れるため、ホームズとワトスンがこの駅から大陸連絡急行に乗り込んでロンドン脱出を図ったのをはじめ、この駅は多くのホームズ物語に登場します。このヴィクトリア駅はウェストミンスター寺院から南西の方角にあたりますが、両者の間はヴィクトリア街という通りで結ばれていて、この通りに面した北側には《花嫁失踪事件》の依頼人セント・サイモン卿がホームズ宛てに依頼状を書いたグロウヴナ・マンションズ──おそらくセント・サイモン卿の自宅であろうと思われます──や、現在のスコットランド・ヤードの近代的なビルもあります。また《技師の親指》に出てくる水力技師ヴィクター・ハザリの事務所もこの通りにありました。一方ホワイト・ホールの東側には、テムズ河岸沿いにヴィクトリア・エンバンクメント（通称は略してエンバンクメント）という立派な通りがホワイト・ホールと平行に南北に走っていて、この二つの通りに挟まれて、赤煉瓦のニュー・スコットランド・ヤードが建っています。その南側はウェストミンスター橋のたもとで、そこからビッグ・ベンと呼ばれる大時計で有名な国会議事堂がテムズ河に沿って南へ伸びています。この国会議事堂がエンバンクメントの終点ですが、もう一方の端はテムズ河の左岸に沿ってずっと下流へ下った金融業の中心地シティに達しています。 　国会議事堂の西側に建つウェストミンスター寺院は、国王や偉大な戦士、政治家、詩人たちが埋葬されている由緒ある寺院であり、国王の戴冠式が行なわれるところでもあります。 　ウェストミンスター橋から一つ上流､すなわち南側にあるランベス橋ともう一つ上流のヴォクスホール橋との間のテムズ河左岸はミルバンクと呼ばれていて、ここには1890年まで使われていたミルバンクの監獄がありました。《四つのサイン》でホームズとワトスンは依頼人のメアリ・モースタンとともに馬車でテムズ河を渡り、南部に住むサディアス・ショルトーを訪ねますが、そのコースはミルバンクの監獄をコの字型に迂回して、国会議事堂の南からグレイト・ピーター街を西へ向かい、ロチェスター通りを南へ下り、ヴィンセント・スクエアの角を東へ折れてヴォクスホール橋を渡っています。そして帰りには、ホームズとワトスンはミルバンク監獄の対岸にあるモーディカイ・スミスの粗末な浮き桟橋から渡し船でテムズ河を渡ったのであります。 　　1891年11月号ストランド・マガジン掲載 A　国会議事堂　B　ウェストミンスター寺院　C　ニュー・スコットランド・ヤード　D　諸官庁舎　E　チャリング・クロス駅　F　バッキンガム宮殿　＊印付近はオックスフォード街・ベイカー街