シャーロッキアンの果てしなき冒険　 by 水野 雅士 第６章　ロンドンという舞台 付録　ホームズ物語に出てくるロンドンの地名や場所 地図Ａ　ロンドン中央部とシティ西部 d.トラファルガー・スクエアから北へ 　さて、ここで一旦トラファルガー・スクエアに戻って、この広場の東端から北へ向かっているチャリング・クロス通りをたどってみましょう。この通りはロンドンの北部を東西に貫通する幹線道路のオックスフォード街と直交していて、それより先は名称がトテナム・コート通りとなります。これをすこし北へいくと西からきたグッジ街と交差しますが、この角は《青いガーネット》でヘンリー・ベイカーがならず者との喧嘩でクリスマス用のガチョウをなくしたところであります。ホームズはこのトテナム・コート通りにあるユダヤ人の質屋で、ゆうに500ギニー（約1.260万円）はするヴァイオリンの名器ストラデヴァリウスをたったの55シリング（約66.000円）で買ったと《ボール箱》事件のなかで自慢しています。 　オックスフォード街はチャリング・クロス通りとの交差点を境として、それより東側はニュー・オックスフォード街と呼ばれていますが、さらにその先で大英博物館の西側を南東へ向かって下ってきたブルームズベリ街という通りと交差したところで、ハイ・ホウバンにつながり、ハイ・ホウバンはさらにその先でホウバンとなります。 20世紀初頭のオックスフォード街 松下了平所蔵 　シャーロッキアンとしては、ここでホウバンの通りの南側にあったホウバン・レストランについて触れておかねばなりますまい。なぜならば、すでに第１章「１．ホームズとワトスンの幸運な出会い」で述べたとおり、ワトスンはピカデリー・サーカスにあるクライテリオン・バーの前で、かつて彼の手術助手をしていたスタンフォード青年に偶然出会い、ホウバン・レストランへ食事に誘ったのがきっかけとなってホームズと知り合うことになり、ホームズ物語の誕生となったからであります。 　チャリング・クロス通りとオックスフォード街との交差点から北へ伸びるトテナム・コート通りの東方にはホウバンからキングズ・クロスまでを南北に結ぶグレイズ・イン・ロードがあり、この通りは《スリー・クォーターの失踪》でホームズとワトスンが、トラファルガー・スクエアから姿を消したスリー・クォーターの名手ゴドフリ・ストーントンの行方を追って馬車をガタガタ走らせ、キングズ・クロス駅へ急いだところであります。このグレイズ・イン・ロードとトテナム・コート通りとの間に挟まれた地域はブルームズベリと呼ばれ、そこはすぐ北側にユーストン駅があり、その東にはセント・パンクラス駅とキングズ・クロス駅が並んでいて、ウェスト・エンドやシティにも近く便利だったので、ロンドンに滞在する人々に人気があり、ホテルや下宿が集中していました。ユーストン駅のすぐ西にあるリトル・ジョージ街にはハリディ特定ホテルがあり、ここは《緋色の習作》の第二の事件現場で、アメリカ人のジョウゼフ・スタンガスンが殺されていたところです。 　このブルームズベリ地区の南西部分には英国最大の国立博物館である大英博物館があり、この博物館の東側にモンタギュー街が南北に走っています。ホームズがロンドンへ出てきたばかりのころ、ここに下宿していたと《マスグレーヴ家の儀式》のなかで語っていることはすでに述べたとおりです。大英博物館の北側をモンタギュー街と直交して東西に走っているのがモンタギュー・プレイスですが、ここには《ぶな屋敷》のヒロイン、ヴァイオレット・ハンターが住んでいましたし、ホームズ物語の作者であるドイル自身が初めてロンドンに住居を定めた場所でもあったのです。ドイルは大学卒業後の1882年からイングランド南部、ポーツマスの近郊サウスシーで医院を開業していましたが、1890年にそこを引き払い、ウィーンで眼科の勉強をしたのち、1891年３月に帰国し、眼科医としてこのモンタギュー・プレイスに仮寓したのであります。 　大英博物館の北東、すなわちモンタギュー・プレイスとモンタギュー街が交差する北東の角にはラッセル・スクエアがあり、ここには《踊る人形》の依頼人ヒルトン・キュービットが妻となる人と運命の出会いをした下宿屋がありました。《青いガーネット》に登場するパブ「アルファ・イン」のモデルとされる「ミュージアム・タヴァーン」は南へ向かって開いている大英博物館の正門からすぐのところにあります。 　《花嫁失踪事件》でフランシス・ヘイ・モウルトン夫妻が密かに滞在していたゴードン・スクエアや《赤い輪》事件の依頼人ウォレン夫人が下宿の女将をやっていたグレイト・オーモンド街（物語ではグレイト・オーム街となっていますがグレイト・オーモンド街のことだろうと言われています）もまたこのブルームズベリ地区の一画にあります。 ミュージアム・タヴァーン 撮影日2004年1月4日　撮影　関矢 悦子 ゴードン・スクエア 撮影日2004年1月7日　撮影　関矢 悦子