シャーロッキアンの果てしなき冒険　 by 水野 雅士 第６章　ロンドンという舞台 付録　ホームズ物語に出てくるロンドンの地名や場所 地図Ｄ　テムズ河右岸（ロンドン南部） 　k.テムズ河右岸（ロンドン南部） 　《四つのサイン》でホームズとワトスンは依頼人のメアリ・モースタンに付き添って彼女を迎えにきた馬車でロンドン南部に向かいます。そのときホームズは、馬車に揺られながら「ワンズワース通り。プライオリ通り。ラークホール小路（レイン）。ストックウェル・プレイス。ロバート街。コールドハーバー小路（レイン）。わたしたちの行き先はあまり高級な場所ではなさそうだね」とつぶやきます。また、ホームズとワトスンは犬のトビーを連れて犯人が残したクレオソートの臭いを追跡しましたが、ワトスンの記述によれば「ストレタム〔第6章「2.　ロンドンにおける事件発生箇所」の「地図1」で位置を確認できます〕、ブリクストン、カンバーウェルを通り過ぎ、オーヴァル競技場の東側にある脇道を抜けて、ケニントン小路（レイン）へと出た」とあります。なお、この地区にはウェストミンスター橋やウォータールー橋に通じている南北に長いカンバーウェル通りという公道があり、《緋色の習作》で被害者イーノック・ドレッバーのそばに落ちていた帽子は、この通りにあるジョン・アンダーウッド父子商会の製品でありました。 地図D 地図をクリックすると大きな画像が出ます。 　オーヴァル競技場は、正しくはケニントン・オーヴァルと呼ぶクリケット場で、ヴォクスホール橋から南東の方向にあります。ケニントン小路はウェストミンスター橋の上流にあるヴォクスホール橋を右岸へ渡ってすぐに北東に向かっている通りであり、アッパー・ケニントン小路が終わった地点で北から真南に下るケニントン・ロードと斜めに交差し、それ以東はロウワー・ケニントン小路となってさらに北東へ向かっています。北から下りてきたケニントン・ロードがケニントン小路と交差し、さらに南へ下るとすぐにケニントン公園前に来ます。ここは《緋色の習作》のイーノック・ドレッバー殺人事件の第一発見者であるジョン・ランス巡査が住んでいたところです。この殺人事件は、この公園から南へ向かうブリクストン通りのローリストン・ガーデンズで発生したものでした。事件の当夜ランス巡査はハリー・マーチャ巡査と出会いましたが、マーチャ巡査の持ち場はブリクストン通りの入り口近くにある住宅地ホーランド・グローヴでした。このほかにもブリクストン通りは、《青いガーネット》《フラーンシス・カーファックスの失踪》《六つのナポレオン》などにも登場します。 　《四つのサイン》で犬のトビーはホームズとワトスンを先導して、まずケニントン小路からボンド街を南へ進み、マイルズ街へ出ます。このボンド街は、ウェスト・エンドにあるボンド街とは別もので、ヴォクスホール橋を渡ってすぐ南へ入る短い通りであります。それはすぐに東西に走るマイルズ街とＴの字型に突き当たり、そこを右へ曲がると、南西に向かうワンズワース通りと交差しますが、その南東側の角がナイツ・プレイスであります。この交差点を曲がらずにまっすぐ行くと、道は自然に左折し、テムズ河に沿ったナイン・エルムズ小路（レイン）となります。 　トビーはナイツ・プレイス辺りで迷いはじめ、結局二つに分かれている臭いのルートのうち、ナイン・エルムズ小路を通り抜けるほうを選びましたがこれは失敗でした。クレオソートが木材の防腐用に使われているために、大きな材木置き場にきてしまったのです。ホームズとワトスンは、トビーが迷いはじめたナイツ・プレイスに戻って追跡をやり直させたところ、トビーはもう一つの臭いの跡を追って走り出し、今度はベルモント・プレイスからプリンス街を抜けて川岸へ向かい、そしてブロード街〔これもシティの北にあったブロード街駅とは無関係〕のはずれで川岸におりて、そこにあった小さな桟橋の先端まで行くと、立ち止まって遠くの暗い川の流れを見ながら、鼻を鳴らしたのです。 19世紀終り頃のランベス区(手前） 高田寛所蔵写真集より 「ついてないね。彼らはここで船に乗ったのだ」とホームズは言いました。しかしベルモント・プレイスは、ワンズワース通りを挟んでナイツ・プレイスの向かい側の角にあり、そこからランベス橋に通じるプリンス街やブロード街まではかなり距離が離れているので、犬のトビーがやり直した追跡ルートがどのようなものであったかについては疑問が残ります。ただ、いずれにしても、ホームズとワトスンは《四つのサイン》で犯人を追いかけているうちに、期せずしてランベス区北部の通りをほとんど歩き尽くしました。 　国会議事堂の北端から東へ向かうウェストミンスター橋を渡ると、ウェストミンスター通り──正しくはウェストミンスター「橋」通り──が東へ伸びています。《フラーンシス・カーファックスの失踪》で、カーファックスの行方を追う警察は、聖人(ホーリー)ピーターズを名乗る悪党シュレシンガーがフラーンシスの所有していた年代物の首飾りを、このウェストミンスター通りの質屋に質入れしていたことを突き止めています。この通りは、やがて西北のウォータールー橋から南東に下ってきたウォータールー通りと合流します。《三人ガリデブ》に出てくる悪党エヴァンズが、カードの賭けのもつれからシカゴの贋金作りロジャー・プレスコットを射殺したのは、このウォータールー通りにあるナイト・クラブでした。 　テムズ河の河岸に近いウォータールー駅はロンドン・アンド・サウスウェスタン鉄道の始発駅で、イングランド西南部へ向かう起点であり、《オレンジの種五つ》の依頼人ジョン・オウプンショウが住んでいたホーシャム、《まだらの紐》の事件現場ストーク・モランの最寄駅レザヘッド、《海軍条約文書事件》の依頼人パーシ・フェルプスが住んでいたウォウキング、それに《孤独な自転車乗り》の事件現場に近いファーナムへ向かう列車は、いずれもこの駅から出発したのであります。ホーシャム、レザヘッド、ファーナムなどの位置は次章「鉄道で駆けつける地方の事件」の「地図2」で確認することができます。 以上で付録を終わります。