クリケットの星　フジカワ…………3 　　　　　　　　　　　Fuji kawa: The Cricket Star　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ストランド・マガジン1902年6月号 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　モットラン・ギルバート作 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　清水　健訳　 　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　オールスターの大試合の２日目のことだった。ローズ競技場は１インチの隙間もない満員だった。回転ゲートで３万人が入場を拒否された。 　プレイヤーズは初日、ずっと打撃を続け、４８０点をあげていた。 「ジェントルメンもここまで得点できまい」観客の１人が言った。 「フジがそれ以上の得点をあげられないはずはない。１０対１で賭けたっていいぜ」隣の男が言った。 「黙れ、このボケ！」さっきの男は、プロ選手たちが球をお互いに投げ合いながら出てくると、拍手しながら言った。 　フジカワと、これまで無双の名声を誇ってきた打者は、わずかな休憩の後、熱烈な拍手喝采を受けて登場した。彼のパートナーが最初の球を打ち、３点をあげた。次の球は恐るべき速さのヨーカーで、球はフジカワのくるぶしに当たった。プレイヤーズの全選手が大きな声でアピールした。審判の右手は脇でぴくっと動いた。そして、「ウィケットに当たったか確信できない」と、首をゆっくり振った。観衆は安堵に息を飲み、そして一気に大歓声をあげた。 　　　　　　　　　　　　　　 　結局、クリケットの審判が下した判断で、これほど重大なものはかつてなかった。この長く暑い一日を通じて、２人の打者はプレイヤーズ側の投手をことごとく打ち崩した。疲れきった野手がようやく守備から解放されたとき、フジカワは７０５点をあげていた！ 　チーム得点はノーアウト１０４８点に達した。 　スタンプが抜かれ、２日目が終わったときの光景は、筆舌に尽くしがたいものだったという。ジェントルメンは、３日目、打席に立つことなく、イニング終了を宣言し、１イニング３００点差で勝利した。シーズンの終わりには、フジカワは空前の総合５０５４点、平均１７２点を達成した。 　しかし新聞記者は真剣に議論し始めた。カウンティーの主将らは１２月に会合を開いた。ウェセックスの主将が１人異議を唱えたものの、決議案は通過し、メリルボン・クリケットクラブ（英国クリケット連盟本部）に、フジカワの変則的な打法を禁じる、試合規則の修正を勧告した。 　しかし彼らは、トラブルに巻き込まれずにすんだ。フジカワは１月、日本に帰国した。彼は今、進歩を続ける国で鉄道と機関車の開発に全力を尽くしている。彼は素晴らしい仕事をしているそうである。 　クリケット規則の修正案は成立しなかったし、フジカワのような選手が現れない限り今後もあり得ない。 　しかし、それはないだろう。(了）