左翼の守護主3

　　　　　　　　　　　　　　左翼の守護主…………3　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　The Guardian of the Left Flank

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ストランド・マガジン1913年3月号
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　Ｃ．ベンボウ作　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　清水　健訳
　　　　　

　巨大な大砲はようやく陣地に着いた。これを動かすには、歩兵大隊が総出で一晩中かかった。実際、丘の麓の長い坂を登る最後の数百ヤードには、さらにもう一大隊が要求された。砲兵部隊は雪の中で一晩中働きつめて、すっかり疲れ果ててしまい、男たちは通り道で倒れていった。兵士たちは、これがいかに強力な助けになるかよく知っていたので、曲射砲を陣地に運ぼうと積極的に働いた。

　オオサカ大尉は、大砲のために砲台が準備されていただけでなく、「偵察員」のために建てた待避壕を巧妙に隠してある丘の頂に野戦電話も敷いていたことから、砲兵連隊長が言葉だけでなく実行力のある男だと思った。この地点から大砲を撃つ方向を指示できた。オオサカ大尉が電話兵をともなって待避壕に着くと、星がまだ凍りつくように澄みきった空に輝いており、見える光景といったら、近くの雪に覆われた山頂の灰色のぼんやりした輪郭だけだった。腰を降ろして、朝日が昇るのを待つしかなかった。

　オオサカ大尉は、夜明けを告げる山頂の最初のほのかな輝きは、決して現れないではないかと思ったほどだった。

　突然、電話兵が感嘆の声を上げ、山並みの向こうの空高くにある小さな物体を指差した。この物体はごく小さく、ぼんやりした三日月形の光だった。これは繋留気球で、三日月形の光は消え入りそうに小さな黄色い絹の気球に照りつける太陽光線によるものだった。空高くに上がっているので、下の山がまだ暗がりの中にあるのに、気球には太陽光線が当たっているのだ。数分後、山頂が待ちわびていた薔薇色に染められた。紺碧の影は素早く谷へと消えてゆき、やがて突然、そびえ立つ雪をいただく高峰が石炭に火が点いたように輝き、太陽の炎が山頂から山頂へと飛び渡った。それはあたかもオーロラの幕が突然山の頂の真下に降りてきて、燃え上がったかのようだった。しかししばらくすると、赤金色のかがり火は銀色へと淡くなり、灰色の光が谷に広がり、そして夜が明けた。

　すぐにオオサカ大尉は橋を見つけると、持ってきた距離計で注意深く距離を測った。距離は近いところでも９７００ヤードあった。繰り返し確かめた後、下の大砲班に指示を出すため、彼は電話のところへ行った。ちょうどそのとき電話が鳴った。オオサカ大尉が受話器をとると、息切れした声が聞こえてきた。

「もしもし！　誰かいるか？」

「もしもし！」オオサカ大尉が答えた。

「オオサカ大尉か？」

「はい。誰ですか？」

「こちら砲兵連隊長だ。気球からの報告によると、騎兵隊と騎馬砲兵隊の大軍が、丘の向こうから橋に向かって移動している。距離はつかめているか？」

「はい」

「よろしい！　気球からの報告によるとコサック師団のようだ。強力な前衛部隊を出している。この前衛部隊は、２０分ほど前に橋の東２０マイルのところにいたから、あまり余裕はないぞ」

「了解しました」オオサカ大尉の声に喜びが現れていた。敵は、参謀総長の考えた通り、側面を迂回して展開しており、これを阻止するのがオオサカ大尉の任務なのだ。

　彼は丘の麓にいる准大尉に電話をかけ、大砲の照準について簡潔に指示を下した。すべてはこの最初の一発にかかっている。数分後、准大尉は準備完了と返答してきた。

　オオサカ大尉は双眼鏡を橋の方に向けて待った。数分後、騎馬隊の小さな一団が姿を見せた。一瞥したところ、小さな毛深いポニーと、同じく独特の長いぼさぼさの髪からコサックと判った。彼らはキャンター（緩い駆け足）で、まず２、３騎、そして十騎あまりの小さな一団で橋を渡った。しかしオオサカ大尉は撃たなかった。より大きな獲物を待っていた。それには長く待たされなかった。すぐに密集隊形で横４列に並んだ騎馬の一団の姿が見えてきた。これは主要部隊の先頭で、指揮官は明らかに危険はないと考え、隊形を分散させて、攻撃されにくくする必要はないと考えていた。

　依然として小柄な砲手は電話を手にして待っていたが、橋の全長が騎馬の縦隊でぎっしり埋まると、ようやく発射の命令が下された。

　爆発の威力で丘全体が揺れ、オオサカ大尉は砲撃の成果を不安げに見つめていた。砲弾が外した橋の真後ろで、巨大な水柱が噴き上がった。大砲の指揮官は大声でうなったが、すぐに落ち着いた声で次の砲撃を電話で命じた。再び双眼鏡を橋の方に向けて待った。その光景は大混乱に陥っていた。砲撃はまったく予期していなかったもので、頭上すれすれを飛ぶ砲弾の甲高い音にすっかり仰天し、完全なパニックに支配されていた。騎兵の中には馬に拍車をかけて前に突進したり、後ろに疾走するものもいた。このため前に突っ込む馬と動揺する騎兵の絶望的な一団となっていた。この大混乱の最中に２発目の砲弾が撃ち込まれたが、これは５００ポンド以上の高性能爆薬を積んだ空中魚雷だった。

　偵察員は眩しい閃光の直後、橋から真っ黒な煙が立ち上がったのを見た。黒煙が晴れると、橋の径間（スパン）の一つが消滅しているのに気づいて喜んだ。橋の全長にわたって、騎兵と馬の集団がまだ必死にもがいていた。

　オオサカ大尉は、今度は橋の東端を狙って再び砲撃を命じた。こうして砲弾が橋の退却路を断ってしまったため、騎兵の一群はわなにはめられたことに気づいた。巨大な大砲の恐るべき砲撃の中に孤立した、不運なコサックの運命は哀れだった。彼らは途方に暮れて前後に押し寄せ、この混乱の中で何頭もの馬と騎兵が崩れ落ちた車道の端から突き落とされ、下で渦巻く流れに飲み込まれていった。

　下流へと泳いで浮かんでいるのが逃れる唯一のチャンスのように思われた。再び砲撃を命じたオオサカ大尉は、何百という馬と兵士が川に落ちていくのを見た。この砲弾は橋脚の一つを破壊し、これが支えていた径間（スパン）は急角度で川に沈んでいった。橋は残骸となり、広い流れは一面にもがいている騎兵と馬で覆われ、ようやく巨大な大砲も静まり返った。