私が最初に｢金の棒｣の三階でヒュー・ブーンに会ったとき、彼は顔を下に向けていたため私にはよく見えませんでした。しかしふと彼のそばにあったテーブルに、この部屋には不似合いな積み木（夫が出かけに子供達に買ってくると約束した）が置いてあるのを見て、私が小さい叫び声を上げて振り返ると、彼はその声に驚き顔を上げ、あわててその顔を両手で隠しました。顔が見えたのは一瞬の事でしたが、私は彼が夫であると見抜きました。
　たとえ醜い形相をしていても、あの深い海を思い起こさせる瞳を誰が忘れましょう。そしてさらにそれを証拠つけるかのように、その薬指の爪の付け根に傷―――。その日の朝、ひげを剃っていた夫があやまって剃刀で切った怪我を見つけたのです。同じ長さ同じ方向の傷･･･そしてあの瞳･･･。

　あまりの事に呆然としていると遠くの方で警部さんの声が聞こえてきました。上着以外の一揃いの紳士の服、窓には血痕の痕跡を発見しましたと･･･。私はいつの間にか積み木を握り締めていました。それは夫がどのような状況であれ子供達の事を忘れてなかったという証･･･。
　でも何故夫がこのようなところでこのような姿でいるのか、私は即座に夫に問い詰めたかったのですが周りには警部さんをはじめ大勢の人がいます。夫に恥をかかせるわけに行かない･･･。私はこの場を離れ最善の策を考える為に、窓辺にあった血を見て気絶するふりをしたのです。その間にネヴィルは自分を殺害したという不思議な容疑で警察に連行されました。

　私は警察の馬車で自宅へ運ばれるなか、何とか夫を警察から救い出してくれる方はいないか思い巡らしました。そして世界最初にしてただ一人の民間諮問探偵―――かつ変装の名人である貴方様にいきついたのです。私が無理なお願いを言って、貴方様に活動の拠点をロンドンの真ん中のベイカー街ではなく、目立たない｢杉屋敷｣にお願いしたのも、そうすればネヴィルを目立つことなく、こっそり警察からつれてきていただけると思ったからです。
　貴方様のお話を伺ってみれば、ヒュー・ブーンはシティーでも有名な乞食であるとのこと。私は心の中できっとブーンのその醜い容貌は、変装によるものとホームズ様は見抜いているに違いないと思っておりました。そこで私は夫のことを一つ残らずお話しました。上記に書いた怪我の事もつけ加えて―――。