ボール箱事件 原題 The Adventure of the Cardboard Box　(略はCARD) 初出 ストランド・マガジン　1893年1月 イラスト シドニー・パジェット(8枚） 邦訳・初出 ｢小包み郵便から耳二ツ」毒庵訳 日本一(5) 1919年(大正8）1月 地名 クロイドン市クロス街 郵便小包みで「耳」が送られてきたスーザン・クッシングの住所 ウォリントンのニューストリート 三姉妹の真ん中のセアラ・クッシングの住所 リヴァプール ジムとメアリー夫婦が住んでいた ニュー・ブライトン チェシャー州の海水浴場 事件内容 殺人 主な登場人物 スーザン・クッシング………切り取られた耳の入った小包を受け取る。 セアラ・クッシング………スーザン嬢のすぐ下の妹 メアリー・ブラウナー………スーザン嬢の末の妹、ジム・ブラウナーの妻 ジム・ブラウナー………メアリーの夫、船の客室係り 警察官 レストレード警部 言及されている他の事件 「緋色の研究」「四つの署名」 ｢にせ洗濯屋事件」語られざる事件 あらすじ 　暑い8月のある日、スーザン・カッシング嬢の所に奇妙な小包が届けられました。包みを開けてみるとおぞましい事に荒塩の詰められた箱の中に人間の耳が二つ入っていました。捜査に行き詰まったレストレード警部は早速ホームズたちに協力を要請します。まず小包を観察するホームズ。そして耳は男女のもので、宛名の筆跡から察するに教養のあまりない男が送ったと推理します。 　次にスーザン嬢を事情聴取しました。彼女はまったく心当たりがないというばかりでしたが、彼女の下にセアラとメアリーという妹がいること、メアリーはジム・ブラウナーと結婚し、セアラは最初彼ら夫婦と仲が良かったのですが、いつの間にか仲たがいをして今ではブラウナー夫婦ともスーザン嬢とも絶縁状態にあることが分かりました。そして何の変哲もないスーザン嬢の横顔を食い入るように見つめ、一瞬の驚きと満足の表情を浮かべるホームズ･･･ 　一体ホームズは彼女の横顔で何がわかったのでしょうか？耳の持ち主は？そして送り主の正体は･･･ 解説 　冒頭でホームズとワトスンはあまりの暑さに221bの居間でひっくり返っています。ワトスンはヴァカンスへ行きたかったのですが、預金通帳の残高が乏しいのでどこにも行けないとぼやいています。そしてぼやきの次に「ホームズときたら田園にも海浜にも何の魅力も感じない男であった―――」 　あの･･･ドクター･･･ホームズがそれらに魅力を感じる男であったならばどうしようと思っていたのですか？やっぱり金魚のフンでくっついて行く気だったのかしら･･･タダで(笑) ちょっと＠真面目なネタバレ解説 　聖典60編の中に出てくる犯罪者の中で、この事件の犯人ジム・ブラウナーは他の犯人とは一線を画しています。 　それは彼が根っからの悪人ではなく、どこにでもいる純朴で不器用な人間という点です。もしセアラが彼に横恋慕をしなかったら･･･もしセアラの画策にもっとはやく気づいていたら･･･。 　ホームズは物語のラストでワトスンに問いかけます「このような苦悩と暴力と恐怖の繰り返しが何の役に立っているのだろうか｡何か目的がなければならない｡さもなければ、この世はただの偶然が支配する場所になってしまうが、そんな事は考えられない―――」しかし悲しいことにブラウナー氏が犯してしまった罪は、この世は偶然の支配する場所ということを証明してしまっているのです。 単行本「思い出」に収録されなかった理由 ＢＢＣワールド「探偵小説の英雄たち　ホームズからマーロウまで」 「緋色の研究　ドイルの創作現場から」 １９７８年にドイル一家とブライアン・チャールズ・ウォラーの関係について発表したドイルの伝記作家ダドリー・エドワーズ談 「(コナン・ドイルの父）チャールズ・アルタモント・ドイルは、働き者で子沢山の妻とウォラーの関係を嫉妬していたようです。ドイルの母親は、ウォラーにあてがわれた彼の自宅の離れで長年暮らしました。ウォラーは、コナン・ドイルの姉でポルトガルに行ってしまったアネットに気があったのかも知れませんが、結婚はしませんでしたし、アネットはウォラーが好きではなかったのかも知れません。ウォラーとドイルの母親とは関係があったのかも知れません。『ボール箱』は、酒飲みの船員が妻とその愛人を殺してしまう話ですが、ストランド・マガジンには掲載されたものの、ドイルは「思い出」には載せませんでした。チャールズ・ドイルは「ボール箱」のストランド・マガジン掲載から『思い出』の出版までの数カ月の間に亡くなりましたが、この二つの出来事には関係があると思います」 詳しくはDudley Edwards著「The Quest for Sherlock Holmes」をお読み下さい。 補遺 1893年1月　　　　ストランド誌に「ボール箱事件」を発表 　同年 10月初旬　 父チャールズ・アルタモント・ドイル 1894年　　　　　　短編集「シャーロック・ホームズの思い出」刊行 (ボール箱事件は収録されていないが冒頭の部分が「入院患者」に記されている） 「入院患者」のテキストの相違についてはこちらをご覧下さい。