ドイルは５年をかけてエディンバラ大学を卒業した。２年目が終わると住み込み助手をはじめる。開業医の所に住み、医療行為を手伝う仕事だが、いつどこで行なったかが、『ドイル自伝』や各種ドイル伝では今ひとつ分からなかった。だが、『ドイル書簡集』(2007,邦訳2012)の発行で、この点がかなり明らかになった。ドイルは大学時代に三軒の医院で４回住み込み助手として働いている。以下、『書簡集』でわかる助手生活の時期を整理したい。
『自伝』によると、ドイルは1878年の初夏にイングランド中部シェフィールド市のリチャードスン医師のところで、約３週間住み込み助手として働いた。『書簡集』にこの医院から出した手紙は一通も載っていない。そこで、編者は『自伝』の言葉を引用している。『自伝』によると、この医院を去ったドイルはロンドンの伯父たちの家へ行き、次の助手に応募して返信を待つ。『書簡集』はドイルがロンドンからエディンバラの母親や２人の妹へ出した手紙を５通引用している。日付は1878.5.26から６月まで。だから、シェフィールドの医院で働いたのは『書簡集』がいうように「1878年春」の出来事である。
ドイルが次に住み込み助手として働いたのはシュロプシャー州ライトン・イレブン・タウンズ村のエリオット医院である。以前のブログに書いたように、ドイルはこの医院から母親へ手紙を５通送っている。日付は1878年７月から10月19日まで。『自伝』に記した通り、４か月の滞在である。このとき、ドイルはアルコールに関するエッセーを書いている。
1879年6月3日付の母親への手紙である。
約７か月の空白があるが、この間、ドイルはエディンバラで大学の講義に出ていたと考えてよいだろう。6月3日の手紙でドイルは母親に、昨日バーミンガムのホーア医院に着いたと言っている。大学３年目の講義がおわると、さっそく３番目の医院で住み込み助手をはじめたのだと思われる。ドイルはホーア医院から母親へ手紙を６通出している。最後の手紙は1880年1月30日付である。1879年秋にはエディンバラで
医学部の講義が始まっていただろうが、６通の手紙を読むと、エディンバラへ戻ったとは思われない。
この頃エディンバラ大学医学部はこういう助手生活に単位を与えていた。ライセットのドイル伝などによれば、ドイルはこの助手生活で産科の単位を取っている。だから、ドイルは８か月間、ホーア医院で働き続けたのだと思われる。
1880年1月30日にバーミンガムから母親へ手紙を出したドイルは2月28日、捕鯨船に医師として乗り組み、スコットランド北部の港町ピーターヘッドから北極海へ出発する。５か月半後の8月10日にピーターヘッドに帰還すると、1880年の終盤から翌年初めまで再びホーア医院で助手をつとめる。
『書簡集』は1880年11月16日付から1881年2月27日付までドイルがこの医院から母親へ出した手紙を６通引用している。その後、ドイルはエティンバラで医学部の卒業試験を受け、アイルランドの母方の親戚の家で過ごしたあと、1881年8月1日に医学士と外科修士の資格を取得している。
ドイルの３医院、延べ４回の住み込み助手生活をまとめると次のようになる
(時期や期間はおおよそです)
☆リチャードスン医院 1878,5(?) ３週間
ロンドン滞在
☆エリオット医院 1878,7-10 ４か月
エディンバラ大学
☆ホーア医院 1879,6-1880,1 ８か月
捕鯨船ホープ号 1880.3-8 ５か月
☆ホーア医院 1880.11-1881.2 ４か月
医学部卒業試験 1881.5or6
アイルランド滞在
医師資格取得 1881.8
ドイルは５年かけてエディンバラ大学医学部を卒業した。だが、大学の教室でまとまった講義を受けたのは、おそらく最初の３年間である。4,5年目はホーア医院での助手生活と捕鯨船乗り組みで約１年半を過ごしている。実際に大学へ行ったのは卒業試験の時だけではないか。
大学を卒業すると、ドイルは２か月半ほど西アフリカ航路の貨客船に医師として乗り組み、その後2-3か月、みたびホーア医院で働く。そして1882年7月にポーツマスで医院を開業する。
その間、大学時代の友人ジョージ・バッドとの１か月半の共同開業があるが、これはあくまで幕間劇だろう。三カ所の医院での助手生活と船医２回の経験があったから、ポーツマスで単独開業しても生き残れたのではないか。そうだとすれば特にホーア医師との出会いは、ドイルにとって非常に幸運な出来事だったと思われる。
