(登場人物）
語り手：文中の五カ所に「わたし」、四カ所に「われわれ」が登場するが、冒険に参加はしていないし
　　　　　　　名前も判らない。主たる登場人物の後日談を語っているので親しい知人か。
トム・ブロードハーストとジョージ・ハットン：行方不明となっている二人の若者の父親。
シカゴ・ビル：本名はビル・ハンカー。アメリカ人。観察力が鋭く、人柄も良い。中年男。
ジャック・ブラクストン：若い騎馬警官。功名心が旺盛。勇気はあるが実戦経験が少ない。
バートン警部：捜索隊のリーダー
マロニー：山賊の一味、仲間を裏切って検察側の証人となり絞首台から逃げることが出来た。この山賊の後日談が別作品に書かれている。

(冒頭）
　トム・ブロードハーストの店は閉まっていたが、その夜、奥にある小さな部屋はとても心地良さそうだった。暖炉の火は天井と壁に赤い光を投じ、磨かれた酒びんと壁を飾っているショット・ガンに楽しそうに映っている。しかし、暖炉の両側に腰を掛けている二人の男は沈んだ様子で、火もテーブルの上の黒いびんもその陰鬱さをやわらげることはできなかった。

(内容）
　　舞台は１８６０年代の南オーストラリアのトラファルガー町近くのブルーマンスダイク谷。ある大嵐の晩、トラファルガー町の店の暖炉の前で、息子たちが帰ってこないことを心配している二人の父親がいました。ところが翌朝、一頭の馬だけが町に戻ってきたのです。
　この馬の細部を調べて、乗っていた若者が金の採掘に成功したこと、そして戻る途中に山賊に襲われたことを推理したのが、アメリカ人のシカゴ・ビルことビル・ハンカーです。彼の推理を元に捜索隊が結成されブルーマンスダイク谷に向かいました。捜索隊のメンバーはリーダーのバートン警部、騎馬警官の若いジャック・ブラクストンとトンプスン、トラファルガー警察のアンスンの他に民間人の羊農家のハートリー他６名そして経験豊富なビル・シカゴの１１名です。
　捜索隊はブルーマンスダイク谷で今回の行方不明者とは違いますが１３人の死体見つけました。でも、三週間経っても犯人たちを探し出すことができません。この頃はグループに別れて捜索をしていたのですが、その中の血気盛んな騎馬警官のブラクストンと経験豊富で中年男のシカゴ・ビルが山賊たちを見つけたのです。この時、ブラクストンは手柄をたてるためにシカゴ・ビルの手助けを断り一人で山賊たちを捕縛するために山賊たちに立ち向かったのですが、結局は無茶な行動を心配してこっそりとついてきたシカゴ・ビルの助けで危うく難を逃れ、二人してマロニーを含めた山賊を捕まえることに成功したのです。しかし、マロニーだけは仲間を裏切って検察側の証人となり絞首台から逃げることが出来たのです。

(結末）
　(退職して農業を営んでいる老バートン警部が）馬に乗ってトラファルガーを目指し、あの大石が転がり、赤い粘土を背景にシダが黄色く輝いている、あの(死体が埋められていた）急カーブを曲がるときは、さすがに身震いをするに違いない、とわたしは思っている。

(解説・感想）
　コナン・ドイル２２歳の時の作品です。暖炉の暖かさと明るさのある部屋の描写から始まるのは、後年書かれたホームズ物語の冒頭シーンと似ていますが、この作品では暖炉の暖かさと明るさは、行方不明となった若い二人とブルーマンスダイク谷に埋められていた１３人には届かないものでした。
　コナン・ドイルはこの作品について１８８１年７月に出した母メアリー宛の手紙に「タイトルは《ブルーマンスダイク谷》にしました。副題は『本当の植民地の物語』です。昨日しかるべき手紙をつけて編集者に送りました。ぼくは上出来だと思っていますが、向こうはそう思わないかもしれません。これまでの作品より独自性が出ていると自負しています」と書いています。作中のなかで「一語一語は事実に基づいているので」とあるように、植民地時代のオーストラリアにおける犯罪実録ものを元にしたものなので、「本当の植民地の物語」という副題にしたのだと思います。
　と言ってもすべての発言や行動が記録されていたわけではないでしょうから、シカゴ・ビルが戻ってきた馬を「鋭くて小さな灰色の目」で調べた順序を記した「かがんで、馬の腹帯を調べ、それからたてがみを手で触って入念に調査した。もう一度かがむと、ひづめを次いで体の後半身を調べた」ところで、てがかりを得たシカゴ・ビルは「長く、低く、口笛を吹く」などのシャーロック・ホームズを思わせる記述はコナン・ドイルの創作だと思います。
　また、山賊のマロニーがトランプにピンで「エースとジャックの隅」に穴をあけるシーンなどから、ホームズ物語の《ボスコム谷の謎》に出てくる登場人物で、山賊をしていたオーストラリア時代の異名「ブラック・ジャック」のモデルとも言える人物も登場する興味深い初期作品と言えるでしょう。