「ササッサ谷からライヘンバッハの滝までの小説」(ネタバレあり) by関矢悦子
《へまなスタート》の内容紹介 (２０１８年１２月２０日)
初出誌：ジェントルウーマン誌 １８９１年クリスマス号
初邦訳収録本：赤ランプ ＜万国怪奇探偵叢書 ; 12＞、金剛社、大正14
初邦訳題：《過ちたる出発点》桜井邦雄訳
参考邦訳：《へまなスタート》笹野史隆訳「赤いランプをめぐって 上」収録
《へまなスタート》吉田勝江訳「コナン・ドイルのドクトル夜話」収録
サットンの新米開業医：ホラス・ウィルキンスン医師
ガスの集金人、患者のジプシーの女性とあかちゃん
サットンの名士で金持ち：ジョン・ミルバンク
ミルバンク家の家庭医：メイスン医師
ロンドンの肺疾患の専門医：アダム・ウィルキンスン医師
繁栄している町のサットンでホラス・ウィルキンスン医師は開業しましたが、三週間経ってもまだ患者は来ていません。この頃の慣習で三ヶ月ごとに後払いで支払う家賃の１０ポンドはありますが、生活費が底をつきかけている状態です。そんなときに男性が訪ねてきたのです。ドアボーイもメイドもいないウィルキンスン医院なので、医師自らがドアを開けて招き入れました。
ウィルキンスン医師は患者を見ただけで診断を下していた恩師の教授の真似をして、椅子に座ると両手の指を合わせ、男性を観察はじめました。しかし残念ながらウィルキンスン医師には恩師の教授のような観察力は備わっていなくて、男性の懐中時計の鎖が安っぽいことから診察料を多くは貰えそうもないことが判ったくらいです。
それでも、じっくりと観察していると「厚手の上着のポケットに手を次から次へいれる様子、赤い顔がますます赤くなり額から汗もでできた」ことから男性は「アルコール依存症」と見抜いたので、医師はそれとなく男性に問いかけると、男性の答えは「二十年間禁酒をしている」でした。
とうとう医師は「ご用件」はと聞くことにしました。すると男性は咳をしたので「気管支」が悪いと診断したのですが、男性は咳は「噛み煙草」のせいだと答えたのです。そして、男性がガスの料金を支払うように求めた事から「ガスの集金人」だということが判り、医師は椅子にくずれるように座り込んだのでした。
ウィルキンスン医師は初めて自分の家を構えて判ったのが「無数の小さな請求」でお金が出ていくことでした。
窓から外を眺めているとたくさんの人が誰も医院のプレートを見ることもなく通り過ぎていきます。そんな時に呼び鈴がなりました。鳴らしたのは赤ん坊を抱いた片方の目の縁にあざがあるジプシーの女性でした。ウィルキンスン医師は女性の目に包帯を巻いてあげました。しかし女性の要件は麻疹の赤ん坊の診察でした。医師は薬を調合して与えると、診察代と薬代として半クラウン(２シリング６ペンス）を請求したのですが、女性は７ペンスしか持っていませんでした。結局ウィルキンスン医師は診察代を貰わず自分の持っている５ペンスを与えたのでした。
これで、ウィルキンスン医師の生活費は半クラウン銀貨が２枚と言うことになったのです。
経済的にどうにもならない状態に陥ったウィルキンスン医師は取りあえずお茶を飲むことにして用意を始めました。その時です、二頭立ての馬車が止まり髪粉をかけた従僕がベルを鳴らしたのです。従僕がいうにはウィルキンスン医師に「タワー荘のレディ・ミルバンク」のところに往診に来るようにと言って立ち去ったのですが ミルバンク氏とは豪商で市長経験者、そして財産は２００万ポンドはあるだろうという人物です。呼ばれた理由は判りませんが、医療器具と包帯をポケットに入れ急いでミルバンク氏に行きました。
ミルバンク氏宅に着くと、ミルバンク氏に「肺について何か書いたウィルキンスン医師」かと問われたのですが、医学雑誌『ランセット誌』に肺について投稿した経験のあるウィルキンスン医師は「はい」と答えました。患者はミルバンク氏の妻ですが、ミルバンク氏は妻への触診などを拒否して、妻の病気は「気管支炎と喘息」なので治すようにとウィルキンスン医師の医師としての自尊心を傷つけることを言ったのでウィルキンスン医師は「患者を診ずして意見を述べるのはわたしの習慣ではないです」と言って帰る準備をしたのです。
これまでの医師と違った自分を怖れない対応に驚きと尊敬の念がましたミルバンク氏は、ウィルキンスン医師を妻の病室に連れていったのです。ここでウィルキンスン医師は患者を１５分ほど徹底的に触診し、精密に調べて客間に降りていきました。
すると客間にはミルバンク家の家庭医メイスン医師とロンドンの肺疾患の専門医アダム・ウィルキンスン医師がいたのです。ミルバンク氏はホラス・ウィルキンスン医師に診てもらったので診察料は支払うが診てもらう必要はない、と言って帰しました。
その後、ミルバンク氏はホラス・ウィルキンスン医師に妻の容態の話を熱心に聞いたのです。そして今までのメイスン医師に代わってミルバンク家の家庭医になるように申し出たのですが、ホラス・ウィルキンスン医師は「治療途中でメイスン先生に取って代わる事は職業道徳に反する」と言って断り診察代の１ギニーを受け取り帰宅したのです。
ホラス・ウィルキンスン医師の行動を聞いたメイスン医師は、若い医師が裕福な患者からの誘惑を断ったことに対して好感を持ち交際を続けた結果、現在のサットンではメイスン・アンド・ウィルキンスン医院が最大の家庭医となったのです。
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