一人の男がベッドで寝ています。すると、どこからともなく気味悪いの声が・・・

「サットン。後生だから助けてくれ。ここから出してくれ・・・」

　ベッドの男は声につられるように起き上がります。


　廊下を出て、階下の玄関ホールを見下ろすと、青白い顔の男が一人と棺が一つ。そして男は無言で棺の蓋を開け彼に見せます。中にはしきつめられた金貨にうずもれ横たわっている彼自身が！驚いた彼は慌てて寝室へ戻り鍵を掛け、安心してベッドをみると、もう一人の自分が起き上がって自分を見ている！

　と、そこで夢は終わりました。

　この不気味な夢の意味は一体何なのか・・・



　場面は一変してベイカー街にあるワトスン行きつけの床屋。

　ワトスンが髪の毛をカットしてもらっている横の椅子で、ホームズは指を椅子に打ちつけています。その様子を見たワトスン。ハドスン夫人の春の大掃除に居間から追い出されたホームズがイライラしているんだと思って、そんなことで怒って大人気ないぞ〜とたしなめます。

　するとホームズは何でそう思ったんだい？と聞き返しました。

　ワトスンは得意になって、「君の方法にならったんだ。ここに髭をそりに来たんじゃあるまい？君は髭は自分でそる。髪の毛もあと2週間は大丈夫だ。急いで飛び出した証拠に手袋もステッキもない。ハドスンさんの大掃除は一日がかりになるはずだ。君は、顔をしかめ、目を閉じ、歯ぎしりをし、指で椅子を打ちながら座っている。その態度から察するに。君は彼女と口論をし、ここに避難所をもとめた・・・」

　ところがホームズ。残念そうな顔してこう答えました。床屋の主人にデトフォード事件の現場にあった髪の件で意見を聞きにきた。そして別にイライラしていたのではなくて、昨日の演奏会を頭の中で再現して、歯軋りはヨアヒムの運指法を勘違いしていたことに気がついたからだよ・・・

　でも、ホームズはがっかりしたワトスンをみて、少しは当たっているよとフォローしました。

　床屋での用事がすんで221bに戻ると、家の前に立派な馬車が止まっていました。荷物などから二人は、開業したばかりの、にも関らず既に繁盛している開業医・・・そして依頼人だ！と2階へ駆け上がりました。

　居間で待っていたのは、まだ若い、ブルック街の開業医トリヴィリアン医師。

　自宅でおかしな出来事が多発したので是非来て欲しいとのことでした。その前に、少々複雑怪奇な事柄とのこと、彼は今の現状になったいきさつから話しはじめます。トリヴェリアン医師は、ロンドン大学の出身。成績は優秀で前途有望と思われていましたが、開業する資金がなく、医学の道を諦めかけていました。ところが2年前、奇妙な人物が訪れます。ブレッシントンと名乗る男は彼にこう持ちかけました。ちゃんと開業するには、立派な馬車、診療室、手術室、召使・・・などをそろえなければならない。そのための資金を私が出資しよう、そのかわりに報酬の3/4を受け取りたい、と。一か八かでしたが、トレヴェリアン医師はその話に乗りました。

　そして、豪華な待合室、立派な診察室を手に入れることが出来たのです。例の男は2階の特別室を自室としてとり、”入院患者”として同居することになりました。ブレッシントンは変わった人物で、人付き合いをさけ、一日30分の散歩以外は外出は滅多にしません。そして毎日決まった時間に階下におり、報酬の3/4を受け取ると自室の金庫におさめるのでした。トレヴェリアン医師が優秀だったこともあり、診療所は当初から大盛況。ブレッシントンの投資は成功をおさめ、2年間で彼は金持ちになりました。

　しかし順調だったのもここまでで、数週間前、ブレッシントンは新聞の強盗事件の記事を見つけると「うちも強盗に入れるかもしれない！」と怯えはじめます。そして家中の窓に頑丈な鉄格子を取り付け、1週間もしないうちに屋敷は監獄のようになってしまいました。金庫を守るためというより彼自身の命を守るためのようです。それ以来、習慣だった散歩もやめ、一日中ベッドでビリビリに破れた新聞の切れ端を握り締め、震えている毎日が続きました。しかし、何事もない日が続いたため、ブレッシントンは落ち着きを取り戻しそうだったのですが、奇妙な出来事が起きたため、又元にもどってしまいます。

　その出来事の発端は一通の手紙でした。強硬症に罹患したロシア貴族からで、専門医であるトレヴェリアン医師に診察をしていただきたいという内容です。やってきたのは年老いた患者とその息子と名乗る若い男性。トレヴェリアン医師は息子に診察に立ち会うか尋ねますが、彼は自分は神経が繊細、父の発作にショックを受けてしまうので、待合室で待っているといいます。少々様子がおかしいと思いましたが、早速、父親の診察をはじめました。いくつか生活習慣について質問をしていくうちに、急に強硬症の発作が起きてしまいます。身体が硬直し、瞬きひとつしません。トレヴェリアン医師はこの症状を治すべく、患者を置いて隣の部屋へ薬を取りにいきました。しかし戻ってくると父親とその息子がいません。案内の少年に聞いても知らないといいます。

　その間に散歩から戻ってきたブレッシントンが、自室に誰かが侵入した！と大騒ぎをはじめました。すわ、泥棒かとトレヴェリアン医師は駆けつけましたが、部屋には何者かの足跡があったきりで、何も盗られてはいません。しかしブレッシントンは驚くほど怯えて、彼が何を恐れているのかと聞いても答えずにただ、シャーロック・ホームズ氏を呼んでくれ、とだけ頼んできました。

　というわけで、トレヴェリアン医師は221bにやってきたのです。とりあえず行って見ようとホームズとワトスンは医師とともに医院へと向かいました。到着した二人を強盗か他の恐れている誰かと間違えるほど怯えているプレッシントン。ホームズはそこを見抜きました。プレッシントンが彼を呼んだ理由を、自分は銀行を全く信用していない、だから全財産は寝室の金庫に全部ある、だから泥棒に盗まれることをひどく恐れているのだ！と言ったにも関らず、一言「真実をお話ください。」と協力することを断ってそのまま帰ってしまいます。びっくりしているワトスンにホームズは「ブレッシントンは身の危険に怯えている。そして侵入者が何者か知っているんだ」そして、ロシア貴族の親子は偽者で、父親役が診察を受けている間に、息子役が部屋に侵入したんだろうと推理したことをいいます。

　そこでワトスンも推理。

　ロシア貴族の話はトレヴェリアン医師のでっち上げで、部屋に侵入したのは彼ではないかな？でもホームズは残された靴の形、大きさが全然違うよと突っ込んで、まあ、明日には分かるだろうと、その日は終了します。

　翌早朝、ワトスンはホームズに起こされます。

「下に馬車が待っている、例の医師から至急の連絡が入ったんだ！」ブルック街へ到着すると、すでに警察が入っていましたが遺体はそのままでした。寝室の天井にあるフックにロープが掛けられ、その下には哀れなブレッシントンが寝巻き姿のままぶるさがってます。そばにいた刑事に見解を尋ねてみると彼は自殺だと思っているようです。そして、暖炉のそばに大量にあったという葉巻の吸殻を渡してくれました。ひとつはホルダーを使い、もう一つは切れないナイフで端を切り落とされ、そしてもう一つは歯で端を噛み切った跡があります。「つまり、この部屋には三人の男がいたということです」驚く刑事にホームズは、詳しい証拠を探しましょうと部屋の捜査をはじめました。

　ドア、椅子の背から髪の毛らしきもの、床、チェストの引き出しに積もっていたタバコの灰、じゅうたんに残された足跡、暖炉の燃えカス入れにあった大きなネジ。その後ホームズは三人組をこう推理します。うち二人はロシア貴族の親子に化けた若い男と年を取った男、そしてもう一人は正体不明の人物。3人は内部（おそらく事件後姿が見えなくなったボーイ）の手引きによって深夜、プレッシントンの寝室へ侵入した。寝ているブレッシントンを縛りあげ、長時間何らかの協議をしていた（これはタバコの吸殻が大量にあったことで推測できる）そして最後結論を出した・・・ブレッシントンを縛り首にするという。これは復讐の儀式です。というホームズに刑事は証拠を求めますが、3時前に又きますよ、とホームズは言い残して現場を後にしました。

　場面は変わって221b。

　ハドスン夫人の努力も空しく、書類が散乱している居間でホームズはなにやら探しています。あきれたワトスンは何を探しているか訊ねました。

　ホームズ「ワージンドン。Wだ！　3月。1880年のだ！」ワトスンは落ち着きを払って書類の棚へ・・・あっという間に目的の書類を発見してしまいました。ホームズは感謝の視線を彼に送ると、書類一式をもって、さあ出発と221bを後にしました。

　居間の惨状に悲鳴を上げるハドスン夫人を後にして。

　ブルック街へ戻ると早速ホームズは事件の真相の説明を始めました。事の起こりは1880年に起きた銀行強盗事件。犯人は5人。うち三人は昨夜ブレッシントンを殺害した人物たち。もう一人はブレッシントンことサットン。そして最後の一人はカートライトという男でした。カートライトは強盗の最中に殺人を犯してしまったのです。皆が黙っていれば分からないよとうそぶく彼でしたが、全員が逮捕されたとき、減刑欲しさからサットンはカートライトが殺人を犯したことを警察に密告しました。
　その結果、カートライトは絞首刑台に送られ、残りの3人は15年の刑をうけます。そして彼らより先に出所したサットンはブレッシントンと名前を変え、医院への投資も成功し、悠々自適の生活を送っていたのですが、数週間前に15年の刑を終えた3人が出所したことを知り戦々恐々となり、最後は裏切り者の罰をうけたのでした。

　さて、その後サットンを”死刑”にした3人は警察の網の目をかいくぐり国外へ脱出してしまいましたが、数週間後彼らが乗船したと思われるノラ・クレイナ号がポルトガル沖で沈没・全員死亡の報が入り、事件はホームズに不本意なまま終わってしまったのでした。