海軍条約文書　あらすじ

　　　　　グラナダ・テレビ版　第3話　「海軍条約文書」　あらすじ

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　by　アマデウソ

　雷鳴響く嵐の中、郊外と思われる屋敷へ錯乱状態に陥った一人の男性が担ぎこまれました。

「助けてくれ！助けてくれ！　英国が・・・！　条約が・・・！」

　その悲痛な叫び声は、轟く雷鳴に無情にもかき消されてしまうのでした…。

　夜は明け、場所はベイカー街221b。その居間でホームズは何かの実験をしていましたが、ワトスンの来訪で中断されてしまいます。
苛立ちを隠しきれないホームズでしたが、ワトスンをいつまでも廊下にたたせておくわけにもいかず、ドアの鍵を開けワトスンを中へ入れました。

　ワトスンが古巣を見渡すと、そこはホームズによって可能な限り散らかされており、壁にはピストルの弾がV・Rと打ち込まれています。しかしワトスンは既にあきらめているのか、一瞥しただけでホームズに一通の手紙を渡しました。

　手紙の差出人はワトスンの学校時代の友人パーシー・フェルプス。
　歳はワトスンと同じでしたが、大変優秀な学生で2学年飛び級で卒業し、奨学金を得てケンブリッジ大学へ進学しました。その後外務省へ入り、母方の伯父で保守党の政治家・ホールドハースト卿の力添えもあり、現在はかなり高い地位まで昇進していました。

　手紙にはただホームズの訪問を切望しているということだけで、その理由は書かれていませんでした。ホームズはこの依頼を快く引き受け、ワトスンと共にフェルプス氏の待つウォーキングのブライアブレイ邸へ向います。

　屋敷へ到着した二人が最初に対面したのは、フェルプス氏の婚約者・アニー・ハリスンの兄ジョゼフ・ハリスンでした。彼はフェルプス氏が担ぎこまれるまで、自分の寝室だったその部屋へホームズとワトスンを導きました。フェルプス氏は衰弱しきって窓辺のカウチに横たわっており、その隣にはアニー・ハリスンが付き添っています。
　フェルプス氏は2ヶ月にわたり、ずっと自分を苦悩の淵におとした悪夢について話し始めました。

　事件のあった5月23日。フェルプス氏は伯父のホールドハースト卿から呼び出しを受けます。卿は彼に1通の書類を渡しました。それは英国とイタリアの秘密条約で、数ヵ月後には公表され、現段階では閣僚のみが内容を把握しているものでしたが、どこからともなくこれに関する噂が新聞でまことしやかにささやかれている代物でもありました。
　大臣はこの条約のコピーの製作を甥に命令します。フェルプス氏は大臣からこれ以上情報が外に漏れないように細心の注意を払うようにと厳命され、条約の原本を受け取りました。

　同室のゴロー氏が帰宅したのを見計らってコピーの作業を始めました。婚約者の兄・ジョゼフが11時の列車で帰宅するので、自分もそれに間に合うように急いで書き写していましたが、条文がフランス語で書かれているせいもあって仕事は中々進みませんでした。9時頃になって急に眠気が襲ってきたので、コーヒーを頼もうとベルを鳴らして小使のタンジーを呼びます。

　しかしやって来たのはみすぼらしい服装をした女性で、自分はタンジーの妻だと名乗りました。フェルプス氏は彼女にコーヒーを頼んで再び仕事をはじめます。ところがいつまでたってもコーヒーが来ないので、うかつにも机の上に条約文を広げたまま小使室へ向いました。タンジーはうたた寝をしていましたが、フェルプス氏が来るとあわてて身を越しました。それと同時に小使室にあるフェルプス氏の部屋に直結している呼び鈴が鳴ったのです。二人はあわててオフィスへ行きますが、条約書は跡形もなく消え去っていました。

　彼らは部屋から一番近いチャールズ通りに通じる裏口から外へ飛び出します。しかし通りは小雨が降っているせいか人もまばらで、9時45分を告げるビックベンの鐘が響きわたっているだけでした。

　ここまで話すとその時の恐怖が蘇ってしまったのかフェルプス氏は気分が悪くなってしまいます。そこでホームズは一時休憩を入れることにしました。彼をハリソン嬢とワトスンに任せると、ホームズは部屋の外へでます。そこにちょうどハリソン嬢の兄ジョゼフ・ハリスン氏がいたので彼からも話を聞きだしました。
　ハリスン氏はゆくゆくは父親の事業を引き継ぐ予定ですが、現在は手持ちの資産を株式に投資しており、あの日は株式仲買人と会った後すぐに帰宅したということでした。

　フェルプス氏が復活をしたので話は再び始まります。

　思わぬ事態に混乱する頭の中でフェルプス氏は、先ほど部屋にやってきた小使の妻を思い出しました。ただちに小使の家へ向かい、帰宅してきた妻を調べましたが何もでてきません。条約書を取り戻せないという現実がフェルプス氏の繊細な神経を犯し、ついに彼は精神錯乱におちいってしまったのです。なんとか自宅へたどり着きますが、そのまま運び込まれた1階のジョゼフの部屋で2ヶ月あまり臥せってしまったのでした。やっと正気を取り戻しましたが、事態は何も進展しておらず、一途の望みをかけてホームズに助けの手紙を書いたのです。

　すべてを聞き終わるとホームズは部屋に飾ってあった一輪の薔薇を手に取りました。

「すぐれた推理家の手によれば、宗教は精密科学にすらなりうるものなのです。神の摂理の最高のあかしは、花のなかにこそ示されているように思われます。そのほかのものはすべて、力をしても欲望にしても食物にしても、我々の生存にとってまず第一に必要なものです。しかし、この薔薇は余計なものでしかない。その香りといい色といい、たしかに人生を美しく彩るものではあるけれど、でも必要不可欠なものではありません。そして、その余計なものこそ、まさに神のなせるわざなのであり、だからこそ、重ねて申しますが、我々は花から多くの希望を与えられるわけです」

　と一通り語るとそのまま夢うつつになりました。一同はあっけに取られましたが、ハリソン嬢がその沈黙をやぶり、ホームズに事件は解決するのか尋ねました。するとホームズは彼女の気持ちを知ってか知らずか、笑って何も答えませんでした。
　事件の詳細を調べるためにロンドンに戻ったホームズとワトスンは、最初に外務省を訪れます。そこでフェルプス氏の同僚のゴロー氏に会い、部屋の中を調べますが、なにもありませんでした。調査をしていると事件を担当しているフォーブズ刑事がやってきます。彼は最初はホームズに対して挑戦的でしたが、ホームズが少々叱ると態度を和らげました。
　刑事の話によると容疑者と思われるタンジー夫人や同室のゴロー氏に尾行をつけ、行動を見張っているものの、今の所まったく成果を挙げておらず、お手上げの状態になっているということでした。
　この場から離れつぎに二人は、この事件の発起人であるフェルプス氏の伯父ホールドハースト卿のもとを訪れます。卿の話によればフランスやロシアの動向から、条約はまだ犯人の手元にあるのではないかとことでした。

　次の日、ホームズとワトスンは再びフェルプス氏の元を訪れ、あらためてロンドンでは事件そのものが何も解決に至ってないことを告げます。しかしフェルプス氏は違いました。昨夜何者かが屋敷に、それも彼の寝室から侵入しようとしたのです。フェルプス氏は病に臥せって以来、精神錯乱の心配があったため必ず夜は薬と看護婦の付き添いがないと眠れなかったのですが、昨夜はホームズに相談に乗ってもらえたこともあり、一人で寝室にいたのです。

　ホームズは侵入者の経路を調べるために、フェルプス氏を庭へ誘いました。ハリソン嬢も一緒にいこうとしますが、ホームズは押しとどめます。ハリスン嬢はしかたなくフェルプス氏の部屋で本を読んでいましたが、そこへ一足先に戻ってきたホームズがやっていました。そして不思議な依頼をホームズから受けます。
「一日中そこに居てください。そして寝室へ引き上げる時はこの部屋のドアに外側から鍵をかけ、その鍵を絶対に手放さないでください」そしてこの直後に戻ってきたフェルプス氏にホームズは一緒にロンドンへ来てくれるように頼みます。しかしホームズは皆で駅に向う途中、明日の朝ロンドンへ帰るからとひとこと告げて、そのまま馬車から飛び降りてしまい屋敷のほうへ戻っていってしまいました。

　不安な一夜が明けベイカー街にホームズが戻ってきます。その手には血の滲んだ包帯が巻かれていました。フェルプス氏は失望の声を上げ、ワトスンは怪我のことをたずねます。しかしホームズは何も答えず朝食の席に着きました。

　やがてハドスン夫人がチキンカレーを持ってきます。ホームズは食欲のないフェルプス氏にそれを勧め、蓋をとってもらいました。すると中にはカレーではなく条約書がでてきました。フェルプス氏は突然のことにびっくりし大喜びします。やがてフェルプス氏が落ち着きを取り戻すと、ホームズは昨夜の出来事を話しました。
　昨日一人馬車を降りたホームズは暗くなるまで屋敷の納屋に隠れていました。フェルプス氏の寝室の窓を見張っていると2時過ぎにかんぬきを抜く音を聞き取ります。そして何者かが侵入したのを見届けると部屋に踏み込み、賊―――ハリスン嬢の兄ジョゼフ・ハリスン―――と格闘し条約を取り戻したのです。

　ホームズの推理によるとジョゼフはあの日、フェルプス氏を訪ねて外務省をおとずれました。しかし部屋にはフェルプス氏はおらず、ふとした出来心で机の条約書を盗んでしまったのです。そして急いで帰宅すると自分の寝室に条約を隠しました。ところがそこに錯乱してしまったフェルプス氏が担ぎ込まれ、そのまま彼の病室になってしまったのです。盗んではみたものの条約書を取り出すことができなくなったジョゼフは困り果ててしまいます。

　そのことを見抜いたホームズはわざとフェルプス氏をロンドンへ誘い出し、無人となった寝室へジョゼフをおびき寄せ、隠してあった条約書を捜させたのでした。ホームズがひと通り説明すると、玄関のベルがなりました。ホームズがハリスン嬢を呼んだのです。
　すっかり元気を取り戻したフェルプス氏はハリスン嬢のもとへ駆けつけるのでした。

　