シャーロッキアンの果てしなき冒険　 by 水野 雅士 第７章　鉄道で駆けつける地方の事件 ２.　地方への主な始発駅とそれに関連する事件 　それでは、これからホームズが関わった地方の事件について、ホームズやワトスンが事件現場へ出かけて行くとき、あるいは事件の依頼人がホームズを訪ねてくるときに利用したターミナル駅ごとに見ていきましょう。順序は一番古いユーストン駅から地下鉄環状線に沿って内回り（東京の山手線と同じで時計と反対方向）でたどって行くこととします。 1)ユーストン駅　　(駅の位置） 　すでに述べたとおり、ユーストン駅はロンドンのターミナル駅では最も古く、1837年にバーミンガムから南へ延びてきた鉄道の路線がロンドンに一番乗りをしたもので、リヴァープールやバーミンガムなどイングランド北西部へ向かう鉄道の起点であります。《株式仲買店員》の事件に登場しますが、ユーストンの駅名は出てきません。しかしホームズとワトスンは依頼人のホール・パイクロフトといっしょに列車でバーミンガムへ向かう記述があるので、この駅から出発したことはまず間違いありません。 　また《プライオリ学校》では、依頼人のソニークロフト・ハクスタブル博士がホームズとワトスンに北イングランドのマックルトンへの同行を依頼し、「ユーストン駅へ出かける時間だと思いますが」と二人の出発を促す場面があります。 現在のユーストン駅 撮影　関矢 悦子 撮影日2004年5月3日 　さらにホームズは《白面の兵士》という事件記録を自分で書きましたが、そのなかで彼は依頼人ドット氏と、友人で皮膚科の専門医サー・ジェイムズ・ソーンダズ氏の三人でにユーストン駅からベッドフォード州のタックスバリー・オールド・パークへ向かったことを記しています。ところが後年、シャーロッキアンのクリストファー・モーリーがユーストン駅からではベッドフォード州へ行くことはできないと指摘しました。たしかにユーストン駅発のロンドン・アンド・ノースウェスタン鉄道はベッドフォードを通ってはいませんが、前掲の「シャーロック・ホームズの鉄道学」の著者松下了平は、ロンドン・アンド・ノースウェスタン鉄道の支線の小駅からであれば、タックスバリー・オールド・パークへは到達可能だったとの見解をとっています。多分駅からは馬車を使わねばならなかったでしょう。そのほか《三人ガリデブ》ではネイサン・ガリデブという男が、行きたくもないバーミンガムへ無理やり行かせられる場面があり、これもユーストン駅から出発したはずであります。さらに《緋色の習作》にもユーストン駅は数回登場します。たとえば、被害者となったドレッバーとスタンガスンの二人が、彼らを仇と狙うジェファースン・ホープにユーストン駅で目撃されていたり、このうちスタンガスンはユーストン駅のすぐ西側にあるリトル・ジョージ街のハリディ特定ホテルで死体となって発見されたりしています。