地理的にも機能的にもロンドンの中心をなす重要なターミナル駅であるだけに、この駅はホームズ物語に頻繁に登場します。ホームズとワトスンはこの駅から《金縁の鼻めがね》でケント州のチャタムに近いヨックスリー・オールド・プレイスへ、《アビ農園》では同州マーシャムのアビ農園へと向かっています。《ボヘミアの醜聞》では、ホームズの心をとらえたあのアイリーン・アドラーが、新婚の夫とともにヨーロッパ大陸へ旅立ったのもこの駅からであります。また前掲の「シャーロック・ホームズの鉄道学」の著者松下了平によれば《ライゲイトの大地主》の舞台であるライゲイトはチャリング・クロス駅からサウス・イースタン鉄道に乗り、レッドビルで乗り換えて一駅目とのことであります。そこにはかつてワトスンがアフガニスタンの戦地で治療したことのあるヘイター大佐の屋敷があり、そこにワトスンとホームズが招かれて滞在している間に起こったのが《ライゲイトの大地主》事件なのであります。少し変わったところでは《空き家の冒険》で事件を解決したホームズが、ベイカー街の部屋にくつろいで人名簿のページを繰りながら「Mの項は実に壮観だ。モリアーティだけでも十分見栄えがするのに､（略）さらにはチャリング・クロス駅の待合い室でぼくの左の犬歯を折ってくれたマシューズ──」とワトスンに語っています。これはいわゆる「語られざる事件」の一つで、詳しい経緯は不明です。そのほか《第二の汚点》では、事件に絡むスパイのエドアルド・リューカス、別名アンリ・フールネイの妻マダム・フールネイがチャリング・クロス駅で半狂乱になっていたことが新聞記事で報道されていたり、すでに述べたように《高名な依頼人》ではホームズが暴漢に襲われて怪我をしたことを、ワトスンはチャリング・クロス駅の近くにいた新聞売りから知ったのでありました。
|
|
 |
|
19世紀末頃のチャリング・クロス駅
高田寛所蔵写真集より
|
|
 |
|
現在のチャリング・クロス駅
撮影 関矢 悦子
撮影日2004年1月6日 |
|
