シャーロッキアンの果てしなき冒険　 by 水野 雅士   第１章　偉大なる変人、シャーロック・ホームズ 　7. 演出家兼俳優ホームズ 　ホームズとワトスンの初対面の情景に見ることのできるホームズの特徴の六つ目は彼の芝居気たっぷりなところであります。事件の解決に演出効果を加えて依頼人をあっと驚かせたり、警部たちを唸らせようとするこの傾向は、ワトスンとの初対面からすでにその片鱗を覗かせています。 　彼はワトスンとスタンフォードの見ている前で自分が発見したばかりの血液検出法の実験を見事に成功させると、胸に手をあてて、目に見えない聴衆の拍手に応えるようにお辞儀をしましたが、この大げさな仕草は、前述した彼のアンビヴァレントな性格──世間の名声には恬淡(てんたん)としているように見えて、じつは友人たちからの喝采にはまんざらではないという性格──に相通じるものといえます。 　ホームズ自身も《恐怖の谷》のなかで、事件担当のマクドナルド警部に向かってこんなことを言っています。「わたしの内部で芸術家気質のようなものがわきあがって、すばらしい演出を頑固に要求するのです。マックさん、たしかにわたしたちの仕事は、自分たちが手に入れた結果をほめたたえるための舞台装置を準備でもしなければ、単調でつまらないものになってしまいますからね」 　ホームズによる芝居がかった事件解決の場面はたくさんあって、それぞれに特色がありおもしろいのですが、ここでは二つだけご紹介しておきましょう。前節で触れた《六つのナポレオン》の大団円でレストレイド警部がホームズをほめちぎったのは、それにふさわしい前段があったからであります。その場面をワトスンは次のように書きとめています。 　シャーロック・ホームズのとった行動に、わたしたちの目は釘づけになってしまった。彼はまず引き出しからきれいな白い布を取り出すと、テーブルの上に広げた。そして彼が新たに手に入れた胸像を布の中心に置いたのである。その後で、狩猟用の乗馬むちを手にとり、ナポレオン像の頭上に鋭い一撃を加えた。像は粉々に砕けた。ホームズは砕けた破片の上に身をかがめて熱心に見ていた。その次の瞬間、勝ち誇ったように大きな叫び声をあげると、ホームズはかけらの一つを取り上げて見せた。その中にまるでプディングのなかのプラムのように、丸くて、黒いものが付いていた。 「みなさん」彼が叫んだ。「これがボルジア家の有名な黒真珠です！」 　レストレイドとわたしはしばらく黙ってすわっていた。そして、自然の衝動で、わたしたちはよく書けた芝居の山場でするように、拍手をしていた。ホームズの青白いほほにさっと赤みがさし、観客の賞賛を受ける大劇作家のように、わたしたちに挨拶した。 　もう一つ《海軍条約文書事件》の例を挙げておきます。これは依頼人を驚かす話です。 「フェルプスさん、あなたは何をめし上がるかな、チキン・カレー、それとも卵？自分で取りますか？」（略）「お気持ちはありがたいが、全然食べたくないのです」 「それでは」といたずらっ子のように目を輝かせながら、ホームズが言った。「わたしによそってくださいますね？」　 　フェルプスが料理のふたをとった。その瞬間、彼は大声をあげて、座ったまま目の前の皿を見た。顔面はその皿のように真っ白だ。皿の真ん中には、小さな筒状に巻いてある灰青色の紙が載っていた。彼はそれを取りあげて、両目で食い入るように眺めたが、すぐにその紙を胸に押し当て、嬉しさのあまり叫び声をあげて、狂ったように部屋じゅうを踊りまわった。（略）ホームズは「まあまあ」と肩を軽く叩きながら言った。「こんなふうに急に目の前に出したりして、悪かったですね。が、ここにいるワトスンに聞けばわかることですが、ぼくはいつもドラマティックな味付けがしたくなるたちでしてね」 　　 フェルプスが料理のふたをとった 　（シドニー・パジェット画） 　　《海軍条約文書事件》より