ホームズ物語に出てくる女性のオペラ歌手としては、アイリーンのほかにもう一人、カリーナがいます。《隠居絵具屋》の捜査の途中でホームズは「ワトスン、音楽という横道にそれて、このうんざりするような日常の世界から逃れようではないか。カリーナが今夜アルバート・ホールで歌うのだよ。着替えて、食事をする時間もあるし、楽しむことにしよう」と言います。「河出書房新社版ホームズ全集」第9卷『シャーロック・ホームズの事件簿』におけるＷ・Ｗ・ロブスンの注釈によれば、ホームズが言及している場所からすると、これはオペラの上演ではなく、歌手のリサイタルだろうと推測し、歌手のカリーナとは、ヴェネズエラの少女ピアニスト、マリア・テレサ・カレーナ（1853―1917）のことだろうと述べています。彼女は巡回歌劇団のピアニストでしたが、1872年の巡回中にプリマドンナが劇団を辞めてしまったので、急遽仕立てられたプリマドンナとして、エディンバラでマイアベーアの歌劇『ユグノー教徒』の女王役を歌い、称賛をかち得て以来、1889年までソプラノ歌手として活躍したという異色の存在でありました。彼女はその後再びピアニストに戻り、作曲活動や指揮も手がけたとのことであります。
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19世紀末のアルバート・ホール全景(上）と内部(下）
高田寛所蔵写真集より |
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