アイリーン・アドラーやカリーナがオペラ歌手だったのに対して、演奏家として登場するのは実在のヴァイオリニスト、ウィルヘルミナ・ノーマン・ネルーダであります。《緋色の習作》の捜査活動の途中でホームズはワトスンに「今日の午後はノーマン・ネルーダ夫人のヴァイオリンを聴きにハレの演奏会へ行きたいので、仕事を早く片付けるとしよう」と言い、仕事を終えて下宿へ帰る辻馬車のなかでは「まずは、昼食。そしてノーマン・ネルーダ夫人の演奏会だ。彼女のアタックと運弓法(ボウイング)は実にすばらしいものだ。彼女が華麗に弾く、ショパンのあの小曲は何といったかねえ、トゥラ・ラ・ラ・リラ・リラ・レイ」と陽気に語っています。このことから、みずからもヴァイオリンを演奏するホームズは、かなり熱心なノーマン・ネルーダのファンであり、彼女の演奏を高く評価していたことが窺えるのであります。
「シャーロック・ホームズ大百科事典」（ジャック・トレイシー編著 日暮雅通訳 河出書房新社 2002年刊）の『ノーマン・ネルーダ、ウィルヘルミナ』の項によれば、ノーマン・ネルーダ（1839―1911）は、当時ヨーロッパで有名なヴァイオリニストでありました。彼女はウィルヘルミナ・ネルーダとしてオーストリア〔正確には現在のチェコスロヴァキア中部のモラヴィア〕に生まれ、1864年にスウェーデンの音楽家ルードヴィッヒ・ノーマンと結婚してノーマン・ネルーダとなります。同年から定期的に英国で演奏活動を行い、特にサー・チャールズ・ハレのコンサートに〔二十年間にわたり〕出演し、〔夫ノーマンの死の三年後の〕1888年に再婚してハレ夫人となりました。
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ノーマン・ネルーダ
ストランド・マガジン
1893年3月号掲載
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