クリケットの星　フジカワ…………１ 　　　　　　　　　Fuji kawa: The Cricket Star　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ストランド・マガジン1902年6月号 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　モットラン・ギルバート作 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　清水　健訳　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　　　　　　　　　　　　　　 　極めて有能な日本人青年、フジカワは英国に２年あまり暮らしていた。彼は鉄道網の拡張を目指す進歩的かつ啓発的な政府によって、最高の三連成機関エンジンとチューブボイラーについて調査し、報告するために派遣され、ウェスト・セントラル鉄道会社の製図室や作業室で働いている。 　フジカワは多才な男で、とても独創的かつ創意に富んでいた。彼はタービン式船舶エンジンを機関車向けに改造して発明の才を証明した。彼は興味をもった、あらゆるものをいろいろと改良する傾向があった。超一流の技師とならなかったならば、ミュージック・ホールで曲芸師として大いに稼いでいただろう。素晴らしい画才もあり、チェスからカナリアの繁殖まで、ありとあらゆる分野で革新的かつ聡明なアイデアを思いつかないことはなかった。 　しかし外見に際立ったところは何もなかった。浅黒く頬骨が高い小さな顔に漆黒の髪をしていた。彼が唯一苦手とするのは「Ｌ」の発音だった。それを除けば、彼の英語はほぼ完璧だった。 　ある明るい四月の夕方、フジカワはウェスト・セントラル鉄道クリケットクラブに姿を見せた。ネットの裏に立ってパイプをふかしながら、ぼんやりと打者を見つめていた。 　主将は彼の近くで跪き、脛当てをつけていた。 「フジ、クリケットをやったことはあるかい？」 「ああ、日本にいた英国人とちょっとやったことがあるよ」 「ほお、そこでは君のお得意の改善をする余地はないというわけかい？」 「どうだろうね」フジカワは静かに答えた。「ぼくは自分の打法の方が気に入っているがね」 「驚いたね。いったい何を言い出すんだい？」 　しかしイニングが終わると、主将は戻ってきて脛当てを外してフジカワに放り投げながら、陽気に笑いながら叫んだ。 「ほら、こいつをつけろよ、フジ。君が英国のクリケットを改善するのを見せてくれ！」 　フジカワは微笑み、黙ったまま脛当てをつけた。 　打順が回ってくると、彼のとった行動は驚くべきものだった。ブロックホールの両側に足を置き、捕手のように投手と真正面に向き合ったのだ。彼のフォームは、クリケットというよりクロッケーのようだった。 　大半の者が笑い出し、絶妙な冗談を期待しているようだった。彼を知る者は、彼のやることには全て素晴らしい理由があることに気づいていたので、注意深く見守っていた。 　最初の数球は投手も真剣ではなかった。フジカワは真ん中の球は逆らわず打ち返し、外角の球は容赦なく引っ張った。やがて彼らはこの男はなかなか手強いと考え始め、何とかアウトにしようと全力を尽くした。フジカワのウィケットの柱は微動だにせず、彼は球をウィケットの後ろ、レッグとオフサイド双方に、はす打ちでそらした。 「おい、ストークス」投手の１人が赤ら顔のプロ選手に叫んだ。「球をとれよ。この乞食野郎をアウトにしてくれ」 　ストークスは全力で最速の投球をした。彼はとても優れた投手で、オフサイドから食い込みレッグスタンプを打ち倒す速球を得意としていた。しかしフジカワは軽々とウィケットを守った。 　ここで彼は逆にオフサイドに流れる球を試した。するとフジカワは握りの左手を右手の下に滑らせ、今度は左打者のようにカバーポイントを越えてスクエアへ球を放ち続けたのだった。 「ぼくは両面とも平たいバットが好きなんだ」と説明した。もちろん、これはストークスへの軽い冗談だった。もし初めて投げる外国人に完膚なきまで打ちとられたら、どうすれば面子を保てるか。そこで、立派な選手ではあるが、残念ながら短気なストークスは、こんなのクリケットではないと言って、球を放り投げた。 「偉そうな口をきく奴には、彼をアウトにしてみろと言いたいね」彼は激しく抗議した。「右打者にどう投げるか、左打者にどう投げるかも知っている。しかし、もし右打者と左打者に一遍に投げられる奴がいたら、お目にかかりたいものだ」 　そして彼は、精一杯の虚勢をはって立ち去った。 「次の土曜日、敵地でのバートンとの試合に出られるかい？」主将は訊ねた。 「お望みとあればね」フジカワは答えた。(続く）