原題：The Firm of Girdlestone
初出誌：週刊誌のピープル誌掲載１８８９年１０月２７日〜１８９０年４月１３日
　　　　単行本としては１８９０年４月１５日刊行
初邦訳収録本：《ガードルストーン商会》
　　　　　　　　上(２００６年１月）中(２００６年３月）下(２００６年５月）
初邦訳題：《ガードルストーン商会》笹野史隆訳
参考邦訳：同上

　(冒頭）
ガードルストーン商会の事務所に入る道はあまり堂々としたものではなく、またその道をはじめて通る人は問題の会社は繁盛しているとは思わないだろう。広くにぎやかな街路の角の近くに、フェンチャーチ街駅から二百ヤードも離れていない所に、狭い入り口があり、その先は水しっくいを塗った廊下である。入り口の片側に真鍮のプレートがついていて、『アフリカ貿易会社ガードルストーン商会』と書かれている。

　(第１巻の内容紹介)
　ガードルストーン父子(父ジョンと息子エズラ)が経営するアフリカ貿易会社ガードルストーン商会は２１世紀の日本だとブラック企業と糾弾されるような---事務員に対して言いがかり的な指摘をして給与カットをする、乗組員が仕事中に亡くなっても賃金の未払い、家族への保証は無し、そして老朽船ブラック・イーグル号を修理もしないで航海させる---という会社です。こんな父ガードルストーンにも慈善学校での生活を共にしたハーストンという親友がいましたが、ハーストンが死んだので遺言によって相続人である娘のケイト(１７歳)の後見人になり、エクルストン・スクエアにあるガードルストーン宅に引取ることになったのです。また、父ガードルストーンはディケンズ作『クリスマス・キャロル』のスクルージとは違って対外的には自分を売り込むためには２５ポンドという多額の寄附をする策士で、息子はこのような父の慈善行為にも何か裏があるのを知っていて、父の行為を注意深く見ています。
　この女相続人であるケイト・ハーストンの親戚のトム・ディムスデールはエディンバラ大学の医学部で五年間学んでいて卒業試験を目の前にしています。しかし、エディンバラ大学はイングランドの大学と違ってすべて学生の自立した意思を尊重していて、授業料を支払えば「決まった時刻に行われる授業」に出席ができますが、欠席しても、また定期的に行われる試験を受けなくても、大学から注意されることもないのです。この制度のせいか四割の学生は卒業することが出来ずにエディンバラ大学を去るようです。
　本作品の主人公であるトム・ディムスデールはラグビーの選手としては優秀のようですが、勉強のほうは苦手で医師試験に失敗してしまったのです。そのために貿易の仕事をするために７千ポンドの出資金を出してガードルストーン商会の経営に加わることになりました。
　ただ、表帳簿では順調な経営のガードルストーン商会ですが、裏帳簿ではかなり危ない状態です。真面目な事務長ギルレイの財産を高利回りで商会に投資させたり、トム・ディムスデールに７千ポンドの出資金を出させて経営者の一員に迎えたのは資金繰りをするためでした。
　この経営不振はガードルストーン父子の二人だけの秘密となっていましたが、実際には息子ガードルストーンのギャンブル仲間であるクラターバック少佐は知っていたのです。経営不振に陥った商会の建て直しを模索していた父ガードルストーンは後見をしているケイトの財産４万ポンドを我が物にするために、恋仲になったケイトとトムの二人を会わせないようにします。また、ダイヤモンドを使った博打的な投機を画策するのでした。
　これはある地方でダイヤモンド鉱山が見つかった、という嘘の情報を流し自分たちは南アフリカのダイヤモンド採掘地で値段の下がったダイヤモンドを買い占める、というものです。この詐欺をするには信頼できる人間が二人必要です。そのために息子ガードルストーンのギャンブル仲間であるクラターバック少佐に話を持ちかけ偽情報を流す役割を持ちかけましたが、少佐は断るのでした。そのために別の人間をロシアのウラル地方に出発させて、息子ガードルストーンは南アフリカに向かったのですが、このとき父は息子に「健康には気をつけるのだぞ。足をぬらすな。肌にじかにフランネルを着ろ。宗教の務めも忘れるな。それは商売相手に良い効果がある」と諭したのです。このダイヤモンド投機詐欺を企んだのは１８７４年１０月のことでした。

　　(第１巻の章題)
　　第１章　ジョン・ハーストン氏、会見約束を守る
　　第２章　当世風慈善行為
　　第３章　ブラック・イーグル号のハミルトン・ミッグズ船長
　　第４章　現代アテネ人たち
　　第５章　イングランド対スコットランド
　　第６章　最初の医師試験
　　第７章　大失敗
　　第８章　ボヘミアの住人たち
　　第９章　上級共同経営者と下級共同経営者
　　第１０章　ダイヤモンドの買い占め
　　第１１章　影と光
　　第１２章　ちょっとした考え方の違い
　　第１３章　新入り共同経営者
　　第１４章　第一歩
　　第１５章　ダイヤモンドの地

　(第２巻の内容紹介)
　ダイヤモンド投機詐欺の手伝いを断ったクラターバック少佐ですが、いわゆる清廉潔白な人間ではないようです。少佐は父ガードルストーンに「沈黙の謝礼」として千ポンド要求したのです。計画が動き出した今となっては少佐の要求を拒むことはできません。少佐はキャピタル・アンド・カウンティーズ銀行で千ポンドの小切手を現金化して下宿に戻り、同宿人のバウムゼルに最高級の洋服をプレゼントしたあと二人でご馳走を食べたのです。
　さて、南アフリカでの息子ガードルストーンは嘘の情報で値下がりしたダイヤモンドを購入することはできました。しかし、このダイヤモンドを奪われて大騒動が起きます。それでもなんとか無事にダイヤモンドを取り返したのですが、自分たちが流した嘘情報ではなく、本当にアフリカで新たなダイヤモンド鉱山が発見されガードルストーン父子の企んだダイヤモンド投機は失敗に終わったのです。
　ところが、息子ガードルストーンが南アフリカでダイヤモンドの調達をしていたころ、ロンドンではガードルストーン商会の状況は非常に良く月単位では５千ポンドの黒字になっていたのです。このためにダイヤモンド投機に失敗したガードルストーン父子はケイトとの結婚で裏帳簿に載っている損失を埋め合わせをすることにしたのです。この頃は女性が結婚すると財産はすべて夫の所有になるのでガードルストーン父子の企みは真剣そのものです。この結婚に邪魔になるケイトの恋人でガードルストーン商会の若い経営者であるトム・ディムスデールをケイトと会わせないようにして、息子ガードルストーンはケイトに結婚を申し込んだのですが、これは見事に断られて失敗に終わりました。そのために、ケイトの父が残した遺言状に記されていた「ケイトが亡くなった場合は友人であるジョン・ガードルストーンに譲る」を実行するための第一段階としてケイトをロンドンからハンプシャー州にある「ハンプトン小修道院」という名前の屋敷に連れ去ったのです。
　この頃、口止め料として千ポンドを得たクラターバック少佐は同宿人のバウムゼルと愉快に暮らしていましたが，下宿の前にある家に住んでいる未亡人のスカリー夫人との愛情が深まりプロポーズを受けいられたのです。ただ、スカリー夫人が三ヶ月間ハンプシャー州の親戚の家に行っている間少佐が賭け事をしなかったら、という条件つきです。
　同じ頃、ガードルストーン父子にとって邪魔な存在のトム・ディムスデールはシティにある本店ではなく、商会の持ち船が着岸しているアルバート・ドックスで仕事をしています。この時に戻ってきたのがミッグズが船長をしているブラック・イーグル号です。船の荷下ろしが終わったあとトムはミッグズ船長の招待を受けてパブの「オンドリとサクラソウ亭」に行ったのですが、ここで船長とは旧知のバウムゼル、あのクラターバック少佐の同居人を紹介されたのです。バウムゼルは貿易会社の事務員をしていた時からミッグズ船長と知り合いだったのです。バウムゼルから息子ガードルストーンがケイトと結婚をするという話を初めて聞き驚いたトムは急いでガードルストーン宅があるエクルストン・スクエアに馬車で向かうのでした。

　　(第２巻の章題)
　　第１６章　トバイアス・クラターバック少佐千ポンドを手に入れる
　　第１７章　ウラル山脈からのニュース
　　第１８章　ヘクター・オフラハティ氏、新聞に重要事項を発見する
　　第１９章　思いもよらない一撃
　　第２０章　盗んだ者と盗まれた者
　　第２１章　重大な決意
　　第２２章　危険な約束
　　第２３章　戦線変更
　　第２４章　着手
　　第２５章　モリスン下宿のスカリー夫人
　　第２６章　ボヘミアに戻って
　　第２７章　モリスン下宿の大舞踏会
　　第２８章　オンドリとサクラソウ亭で
　　第２９章　エクルストン・スクエアにおける重大局面
　　第３０章　エクルストン・スクエアの書斎での会話
　　第３１章　ハンプトン小修道院への旅

（第３巻の内容紹介）
　ケイトが父ガードルストーンに連れて来られた「ハンプトン小修道院」は高い塀で囲まれた広い敷地に建てられている古い修道院跡の建物で、修繕もそれほどされてなく不気味な感じです。父ガードルストーンは惨殺されたドミニコ派会士の幽霊がでるという話をしてケイト脅かすのでした。実際にケイトが脱出しようとすると目の前に頭巾つきマント姿の亡霊が現われケイトは気を失ってしまいました。そのあともケイトは脱出する方法を試みますが見張りがいて失敗続きです。でも、塀越しではありますが馬車に乗った中年の優しそうな女性と話をすることができました。その女性こそがクラターバック少佐の婚約者スカリー夫人でトムのことも良く知っているので幽閉されていることを話すとすぐに理解して貰えたのです。しかし、スカリー夫人は文章が長くなるので電報ではなく手紙で事の次第を書いてロンドンのクラターバック少佐に送りました。その手紙を受け取った少佐はトムを探して何とかみつけたのが、トムが息子ガードルストーンを追いかけていて見失った直後だったのです。
　トムは急いで修道院屋敷のあるハンプシャー州に向かおうとしましたが、ちょうど列車がない時間で臨時列車を頼んだのですが、土曜日の混んでいる時間帯なので臨時列車は出せずに二時間ほどロンドンの駅に足止めされてしまいました。この時のトムは一人ではありませんでした。クラターバック少佐と少佐の友人バウムゼル、そしてバウゼルが懇意にしていた友人と、亡命ニヒリスト(ロシアの改革派テロリスト）の四人が一緒でした。
　さて、数時間先に出発した息子ガードルストーンにも同行者がいました。父ガードルストーンが出した「病状絶望的、明日医者を連れてこい」という電報で連れていく同行者です。しかし、この「医者」がする行為は息子ガードルストーンの決意「二人でダイヤモンドを試み、結婚を試みました。三度目は魔法です」の「魔法」つまりケイトを殺害をする実行役なのです。
　息子ガードルストーンと同行者が着いた「ハンプトン小修道院」屋敷には、幽閉されているケイトのメイドとしてレベッカがいました。このメイドはガードルストーン宅で雇われていて、レベッカと息子ガードルストーンには深い関係があったようですが、息子の方は単なるお遊びで今は忠実なメイドとしてケイトの見張りをさせているのです。しかし愛が消えていないレベッカは息子ガードルストーンに求婚されているケイトを憎んでいました。ケイトはスカリー夫人とコンタクトがとれたので元気が出て来て夜もぐっすりと眠れるので土曜日には元気が良く見えました。このケイトの変化を息子ガードルストーンが来るから、とレベッカは誤解してしまったのです。
　さて商会を存続させるために最終的な解決法としてガードルストーン父子の考えた「魔法」とは、ケイトを殺害して４万ポンドを奪い取ることですが、問題は殺害方法です。そこで「警察と検死官」を騙すために考えついたのが、ケイトを殴り殺してその死体を屋敷の側を通っている列車に轢かせるです。これなら死体の状況が悲惨的な姿になるので殺害された証拠は消え単なる事故、または自殺として処理されると考えたのです。
　殺害実行役をつれてきた息子ガードルストーンはケイトへの誘い出しの手紙を書き、レベッカがモードに渡したのですが、その内容は「父親のしている拘束から逃すので、今夜９時に並木道にきたら、ポーツマス行きの列車に乗る手配をします。玄関のドアは開けておきます。このことはわたしの愛が深いことを示すためです」とありました。
　八時半、ガードルストーン父子と実行役は並木道の樹の影に隠れケイトが来るのを待ちました。そこにケイトが何時も着ている灰色マントと帽子姿で顔にショールを巻いている女性が来たので実行役はこん棒で頼まれ仕事を遂行したのです。このあと、三人は死体を線路に運び列車が来るのを待つのでした。一方、ロンドンの駅で足止めされていたトムと少佐たち５人はハンプトン小修道院の最寄り駅に着き、馬車に乗ったのが８時半近くです。そして屋敷に着いて見たのが三人の男が重い荷物を線路に運んでいる姿だったのです。
　そして、荷物を線路に運び終えた三人が持っていたランタンに明かりを灯すと、その光に浮かび上がった姿は立っているケイトではないですか！　なんと、手紙を読んだレベッカがケイトのマントと帽子を着て愛するガードルストーンと話をするために並木道に来ていたのです。ケイトはマントと帽子を探していたのでレベッカよりほんの少しですが遅れて並木道に着いたので難を逃れることができたのです。
　この思いがけない騒動の中で殺害実行犯は取り押さえることができたのですが、ガードルストーン親子は逃げ出してしまいました。このあと二人は商会の持ち船ブラック・イーグル号に乗り込むことが出来たのですが、自分たちが船の修繕を拒否していたつけが回って来て船は陸地の近くで沈没してしまったのです。しかし、悪運強く息子だけが岩棚の窪みに上ることができ救助をまっていると、足もとに父親の手が延びてきました。でも、狭い岩棚の窪みは一人だけしか入れません。「助けくれ」という父の言葉に反して息子は父の手を踏みつけると父親は海の中に落ちてしまいました。
　冒頭の章で、瀕死の状態だったケイトの父に誓った「わたしが彼女を扱うときは、わたしの血を分けたものがわたしを扱うように」の言葉が耳の中で響きながら、海底にゆっくりと沈んでいき揺れる白い点となっていったのです。
　後日談としてはトムとケイトそしてクラターバック少佐たち二組の合同結婚式が行われ、ガードルストーン商会の負債はディムスデール医師が支払った結果持ち直すことができ、事務長のギルレイを経営者に加えてディムスデール・アンド・ギルレイ商会と社名は変更され、アフリカ関係貿易会社として繁栄して評判の良い会社となったのです。

　　(第３巻章題)
　　第３２章　折りたたみ式簡易イスの男
　　第３３章　芝生上の話し合い
　　第３４章　廊下の事件
　　第３５章　追跡とケンカ
　　第３６章　ガードルストーン、医者を呼ぶ
　　第３７章　一条の光線
　　第３８章　少佐、手紙を受け取る
　　第３９章　雲がさらに黒くなる
　　第４０章　窓辺の三つの顔
　　第４１章　釣り針のエサ
　　第４２章　死の影
　　第４３章　ハンプシャー州への侵入
　　第４４章　真夜中の航海
　　第４５章　法律と命令
　　第４６章　ハミルトン・ミッグズ船長、幻影を見る
　　第４７章　棺桶船の航海
　　第４８章　糸を巻き上げ、最後に二つの結び目を作る


(『コナン・ドイル書簡集』のp２４７に「彼が望みを託した三巻ものの小説『ガードルストーン商会』はエディンバラ大学の医学生、
トマス・ディムスデールが船医としてアフリカの貿易船に乗務する物語だった」と編者が記していますが、上記の内容紹介をお読み
頂ければお判りになるように、この編者の記述は間違いと言えます）