シャーロッキアンの果てしなき冒険　 by 水野 雅士 第３章 女性群像　2. 家庭教師 (ガヴァネス) 　2) ヴァイオレット・ハンタ 　《ぶな屋敷》のヒロイン、ヴァイオレット・ハンタも家庭教師であります。彼女は五年間スペンス・マンロウ大佐の家に家庭教師として住み込んでいましたが、大佐が転任でアメリカ大陸へ渡ってしまったので失業しました。そこでウェスタウェイという有名な女性家庭教師紹介所に頼んで新しく紹介されたのが、ウィンチェスター近くのジェフロ・ルーカスルという男の家へ住み込んで、六才の子どもの家庭教師をするという話で、給料は相場の倍額という申し分のない条件でした。 　しかし、それには彼女が自慢にしているかなり珍しい栗色の長い髪を短く切ることという奇妙な条件がついていたので、彼女はこの紹介を受けるべきかどうか決めかねて、ホームズに相談にきたのであります。前もって彼女から手紙で訪問の主旨を知らされたホームズは「やれやれ、（略）僕のささやかな職業にしても、なくした鉛筆を探したり、寄宿学校出の若い女性たちに助言を与える機関になりさがってしまったよ。そして、ついに最低の底に達してしまったようだ」といってぼやきましたが、ワトスンの観察によれば、いざヴァイオレット・ハンタが部屋へ入ってくると、ホームズはこの新たな依頼人の態度や話し方に好感を持ったようでした。ワトスンは彼女の第一印象を「身なりはじみだけれど、きちんとしていた。明るく、頭のよさそうな顔つきで、チドリの卵のようにそばかすがあった。世の中を一人で生きてきた女性にみられる、きびきびした物腰だ」と描写しています。 　 　ホームズを訪ねたヴァイオレット・ハンタ 　　　（シドニー・パジェット画） 　　　　　　 《ぶな屋敷》より 　彼女の相談に乗っているうちにホームズは「昼夜を問わず、いつでも電報をいただければ、私は助けに駆けつけます」と言うまでになったのですが、ワトスンは物語の最後で「ヴァイオレット・ハンタ嬢に関しては、わたしの期待に反して、わが友ホームズは彼女が自分の扱う事件の中心でなくなるや、彼女に関心を示さなくなった。彼女は現在、ウォールソールの私立学校の校長になっている。きっとかなり成功をおさめているにちがいない」と記しています。