２０２３年４月１１-１２日のポーツマス「Ｒ・Ｌ・グリーン遺贈コナン・ドイル・コレクション」訪問では１８８９,９０年の『ポケット・ダイアリー』の他にニーナ・ディヴァニの未発表原稿を閲覧した。ニーナ・ディヴァニはドイルと二番目の妻ジーンとの間に生まれた第一子デニスの妻であり、この人物がデニスの財産を受け継いだことが、ドイル家の財産争いが長期間つづいた理由だと思われる。そこで、彼女の未発表原稿も閲覧しようと考えた。

　コナン・ドイルは２回結婚して５人の子供を設けた。１９３０年にドイルが亡くなると著作権や文書類は二番目の妻ジーンと、二人の間に生まれた３人の子供が相続した(注１)。１９４０年にジーンが亡くなり、１９５５年にはデニスが４５才の若さで死亡する。デニスは１９３６年にニーナ・ディヴァニと結婚していたが、夫妻の間に子供がいなかったのでニーナがデニスの財産を相続した。ここでニーナ、デニスの弟エイドリアン、デニスの妹ジーン(母親と同名)の３人がドイルの著作権や文書類の相続人になった。ところが、それからほどなくエイドリアンとジーンがニーナを訴えて、ニーナも２人を訴え返した。この争いのためにドイルが残した文書類はその後２１世紀に入るまで研究者に公開されなかった。

　デニス・ドイルはニーナにとって２番目もしくは３番目の夫だった。ディヴァニは最初の結婚前の名字で、ディヴァニ家はジョージアの元貴族であった。
　ロシアの南、カフカス地方に位置するジョージアは現在独立国だが、１９９１年以前はソヴィエト連邦の一共和国だった(注２)。１９１７年のロシア革命前はロシア帝国の一部で、ニーナの父ザカリー・ディヴァニはロシア最後の皇帝ニコライ二世の軍隊の軍人だった。革命が起きるとザカリーは妻と５人の子供を連れてジョージアから脱出する。

　亡命後、５人の子供は華やかな結婚(と離婚)を繰り返し、「結婚するディヴァニ家(the marrying Mdivanis)」と呼ばれた。結婚相手はハリウッドの映画スター、米国億万長者の孫娘、スペイン人の画家や作家コナン・ドイルの息子など。ジョージナ・ドイル ”Out of the Shadows”(２００４)にはニーナの生涯と兄弟姉妹の結婚がひととおり記されており、ネット検索すると「結婚するディヴァニ家」を取りあげた英語サイトがいくつか見つかる。

　けれども、ニーナの未発表原稿がポーツマスにあるのを知ったのはマティアス・ボーストレムが著わした『〈ホームズ〉から〈シャーロック〉へ』を読んだときであった(注３)。
　 デニス・ドイルは１９５５年に妻ニーナとインドのホテルに滞在中に心臓疾患で死亡した。この出来事をスウェーデン人シャーロキアンのボーストレムはたいへん印象的に描いている。ソースは何かと思い、巻末の一覧表を見ると、ニーナの未発表原稿名と所在地が記されていた(注４)。

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【注釈】

(注１)最初の妻ルイーズとの間に生まれた子供２人のうち、娘メアリは著作権や文書類の相続から外された。メアリの弟キングズリーは１９１８年にスペイン・インフルエンザで亡くなっている。

(注２)ジョージアの国名日本語表記は２０１５年までは「グルジア」だった。しかし、本稿では２０１５年以前もジョージアと表記した。

(注３)Mattias Boström, translated by Michael Gallagher “From Holmes to Sherlock” The Mysterious Press(２０１７),日本語版は平山雄一監訳、ないとうふみこ＋中村久里子訳、作品社(２０２１),原著スウェーデン語版発行は２０１３年。なお、「MdivaniのMは発音しない」とこの本にあったので、本稿では日本語版と同じく「ディヴァニ」と表記した(日本語版p.１７３)。ソヴィエト連邦の研究書では「ムディヴァニ」「ムジヴァニ」などの表記がよく使われている。

(注４)『〈ホームズ〉から〈シャーロック〉へ』の本稿関連個所は次のとおり。ニーナのジョージアからの亡命、デニスとの出会いから結婚と、ニーナの弟や妹の結婚は第４６章。デニスの死は第６７章。リチャード・ランスリン・グリーンのコレクションは第９９章。グリーンの死とグリーン・コレクションのポーツマス市への遺贈は第１０１章。
　 ニーナの未発表原稿が最初に使われるのが第４６章なので、この章のソース一覧表に ’Nina Mdivani, My Book, unpublished manuscript, Arthur Conan Doyle Collection, Lancelyn Green Bequest, Portsmouth City Council, Portsmouth, England’と記されている。
　 ちなみに、この未発表原稿のタイトルだが、My Bookは原稿を入れたファイルの名称で、原稿自体のタイトルは ”The Magnificent Mdivanis(偉大なるディヴァニ家)”ではないかというのが、今回の閲覧をふまえた私の意見である。