☆1891.5.1　ワットからドイルへ、タイプ手紙〈375〉

ドクター・ドイルさま。

　貴殿の昨日付のお手紙を受け取りました。ただちに『グッド・ワーズ』誌へ行き、貴殿が最低額２００ギニーの物語を書けるかもしれないと知らせました。もし同誌がその物語を受け取ろうとしなくても、それほど苦労せずに同じあるいはもっと高いレートで他の所へ決められると思います。

親愛なる　[自筆署名]

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★解説
　　『グッド・ワーズ』誌は１８６０年から１９０６(または１９１０)年にかけて発行されたイギリスの月刊誌である。この雑誌からワットにドイルの小説の依頼があり、前日付の手紙でドイルから前向きの答えが帰ってきた。そこで『グッド・ワーズ』誌との交渉を本格的に始めると翌日ドイルに返信したというのが、この手紙からうかがえる物事の流れである。
　２００ギニーは２１０ポンドだから、ホームズ６短編の原稿料とだいたい同額である。ホームズ・シリーズの目途がついたので、ワットはさっそく次のまとまった仕事に着手したのだと思われる。

☆1891.5.13　ワットからドイルへ、タイプ手紙〈545〉

ドクター・ドイルさま。

　貴殿の昨日付のお手紙とシャーロック・ホームズ・シリーズ第５作の原稿を一緒に受け取りました。これはただちに『ストランド』誌へ渡します。
　『グッド・ワーズ』の件についてお話しするために明朝ウィンポール・ストリート２番地に貴殿を訪問させていただきたく思います。お手紙の差出住所ですから、この場所でお会いできると考えております。
　お体の具合が非常に悪かったと聞き、お気の毒です。でも、もうすっかり良くなられたと思います。

親愛なる[自筆署名]

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★解説
　ホームズ短編第５作《オレンジの種》の原稿を５月１２日付の郵便で受け取ったことを確認する手紙だが、ここでは残りの部分に注目したい。
　ワットは５月１日付の手紙を出した後、『グッド・ワーズ』誌と本格的な交渉に取りかかったと考えられる。それから約２週間後、交渉の進みぐあいを報告し、ドイルの意見を聞くために、このときドイルと会おうとしたのではないだろうか。
　ドイルは３月下旬に、この年はじめからのヨーロッパ大陸滞在を終えてロンドンに帰還した。モンタギュー・プレース２３番地に住まいを借り、アッパー・ウィンポール・ストリート２２番地で眼科を開業する(または仕事場を確保する)。「お手紙の差出住所」であるウィンポール・ストリート２番地を訪問すると、ワットはドイルに告げている。
　ワットはこの手紙でドイルの健康状態にはじめて触れている(you have been so ill)。前日付のドイルからの手紙に書いてあったのだろうが、この時点では深刻に考えていないようである。

☆1891.5.15　ワットからドイルへ、タイプ手紙〈578〉

ドクター・ドイルさま。

　貴殿の本日付の電報を受け取りました。
　インフルエンザから回復されつつあると思います。
　『グッド・ワーズ』誌向けの物語の打ち合わせですが、数日ならどうしても急ぐことではありません。ですから、来週火曜日の12時半頃にモンタギュー・ストリート[←原文のまま]へ(反対のお知らせがなければ)訪問させていただければと思います。

親愛なる　[自筆署名]

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★解説
　直接的にはこの日に受け取った電報への返信だが、１３日付の手紙を出した後、ドイルからインフルエンザのために眼科医院(または仕事場)には通っていないし、面会できないという連絡が来た。そこで面会日時と場所を再設定したというのが、この手紙から読みとれる出来事の流れである。
「来週火曜日」は４日後の５月１９日だが、差しつかえがなければご自宅を訪問したいとワットはドイルに告げている。
　インフルエンザという病名はこの手紙ではじめて登場する。

☆1891.5.19　ワットからドイルへ、タイプ手紙〈609〉

ドクター・ドイルさま。

　貴殿の電報に書かれていた住所を読み間違え、あいにくなことに本日ご自宅を見つけられませんでした。
　『グッド・ワーズ』誌への物語についてですが、先方の編集長は貴殿が書こうとお考えのような物語、すなわち長さ50,000語の物語には150ポンド以上出せないと言っています。もし貴殿がそれでも同誌へ書こうとお考えになるのであれば、40,000語くらいの物語をこの金額で同誌向けに書き、さらに私がイズビスター社と話をまとめて、アメリカでの同時連載のためにその物語を売却することを私どもへお任せくださるように提案いたします。こういう条件であれば、物語を書いても貴殿にとって割があうと思います。どうか、この問題についてお考えをお聞かせ願います。
　また、いつウィンポール・ストリート２番地に戻られるのか、わかればうれしく思います。

親愛なる　[自筆署名]

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★解説
　ワットは面会を再設定したこの日にもドイルと会えなかったらしい。そこで、本来なら直接話すはずだった『グッド・ワーズ』誌との交渉の現状を、この手紙でドイルに知らせたのだと思われる。
　５０,０００語で１５０ポンドなら１,０００語３ポンド。この時期のドイルの原稿料としては安すぎる。現在のレートへ近づけるために『グッド・ワーズ』誌と話しあい、アメリカの出版社へ同時連載を働きかける許可を、ワットはドイルに求めている。
　ドイルが現在どこで何をしているのか、ワットは今ひとつわからないようである。
前章で引用したように、ワットは翌５月２０日付でミス・ドイルへ手紙を出した。「ミス・ドイル」という差出人名で届いた手紙への返信と考えられるが、(おそらく)妹コニーが差出人になったことと、ドイルのインフルエンザとの関係はわからない。この手紙にも『グッド・ワーズ』誌向けの小説への言及がある。

　ワットは５月２３日付で今度はドイルあてに手紙を送った〈６７７/タイプ〉。『ストランド』誌からの小切手到着を知らせる手紙だが、「『グッド・ワーズ』の件がうまくいくのに期待」するとも言っている。さらに「インフルエンザの悪影響から、もう抜け出されたことと思います」と記している。

　それから６日後の５月２９日にワットはふたたびドイルへ手紙を書いた〈７４８/タイプ〉。この手紙でワットは「少々重要な用件があり、貴殿とお話ししたく思います。(ご都合のよい)時間を知らせてくだされば、その時間にうかがいます」と言っている。どういう用件かは書いていないが、『グッド・ワーズ』誌との交渉が大詰めに来たので、契約前に一度ドイルと会おうとしたのではないだろうか。

　『コナン・ドイル書誌』によれば、ドイルは６月１日に『グッド・ワーズ』誌と契約を交わした。１８９１年のクリスマス特別号向けに４２,０００語の小説を書く、原稿料１５０ポンド、９月１日締め切りという内容である。

　ワットは翌６月２日付でアメリカのイズビスター社とドイルへ手紙を出した。「イズビスター社Ｔ・ローボーン殿」あての手紙〈７９１/タイプ〉では、「この件についてドイル博士とお会いした」と言っている。どんな用件かは記していないが、『グッド・ワーズ』誌向けの小説の話と考えてよいだろう。
　同日付でドイルへ出した手紙の文面はこうである。

☆1891.6.2　ワットからドイルへ、タイプ手紙〈797〉

ドクター・ドイルさま。

　貴殿の昨日付のお手紙を受け取りました。バレスティアが買ったのは貴殿がお考えのとおり『ラッフルズ・ホー』のアメリカ単行本権だけであります。少し前に貴殿にお会い致しましたときに、(ご記憶から抜け落ちておられるようですが)この小説の使用権をニューヨークのＳ・Ｓ・マクルーア氏に40ポンドで売却したことと、同時にシャーロック・ホームズ物語６作のアメリカ連載権をこの紳士に50ポンドで売却したことをお話ししました。そのとき貴殿が非常に良い売り込みだと思うとおっしゃって下さったことを覚えております。
『グッド・ワーズ』との契約の要点を書いておくのがよろしいかもしれません。物語は今年11月26日頃に発行される『グッド・ワーズ』クリスマス号向けです。貴殿は(長さが45,000語以下でない)物語の完成原稿を今年９月１日以前に渡すことになります。
ドクター・ドイルさま。

親愛なる　[自筆署名]
　(追伸は省略)

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★解説
　ワットはこの手紙で最初にアメリカへの小説売り込みの現状を報告する。それから、『グッド・ワーズ』誌と昨日むすんだ契約の要点を記している。
この手紙には契約金額の記載がなく、書く小説の単語数も『ドイル書誌』より３,０００語以上増えている。仮に『ドイル書誌』がいう４２,０００語、１５０ポンドが正しい数字でも、１,０００語につき約３.５７ポンドだから４ポンドには届かない。
　けれども、ワットは原稿料を現在の作家の評価へ近づけようと努力して、アメリカの出版社にも働きかけ、だいたい一か月で契約まで持ち込んでいる。著作権代理人としての実力はホームズ短編よりも、こちらの仲介業務でわかるのかもしれないが、業務遂行の妨げになったのがドイルのインフルエンザだったといえるだろう。
　『ドイル書誌』によれば、ドイルは１８９１年７月８日に中編小説「都市郊外で(Beyond the City)」の原稿を『グッド・ワーズ』誌へ送付した。『グッド・ワーズ』誌は約４か月半後、同誌のクリスマス特別号である『グッド・チアー』誌に「都市郊外で」を掲載した。
　ドイルが『グッド・ワーズ』誌と１８９１年６月１日に「都市郊外で」の執筆を契約し、７月８日に原稿を送ったことは、以前から知られていた。けれども、その契約へ至るまでのプロセスはワットの手紙により初めて明らかになった。

　この後、『レター・ブック』第２５巻はドイルあての手紙を２通収録している。差出日は６月６日〈874/タイプ〉と１１日で、どちらも用件は『ラッフルズ・ホーの行動』の単行本である。最後に、そのうち６月１１日付の手紙を引用したい。

☆1891.6.11　ワットからドイルへ、タイプ手紙〈934〉

ドクター・ドイルさま。

　貴殿の今月１０日付のお手紙を受け取りました。本日、貴殿のお手紙の話題に関連してカッセルズ社の支配人にお会いします。数日以内に間違いなくふたたび貴殿と言葉を交わしあえると考えております。
　インフルエンザとその影響から、もうすっかり立ち直られたことと思います。失礼いたします。

親愛なる　[自筆署名]

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★解説
　　『ドイル書誌』によると、ドイルは１８９１年１０月５日にカッセルズ社と『ラッフルズ・ホー』のイギリスおよび植民地版単行本の契約を結んだ。カッセルズ社は翌年３月５日にイギリス版を発行した。
　　『レター・ブック』第２５巻が収録したドイルあての手紙はこれが最後だが、インフルエンザの話題はこの手紙まで続いている。第２５巻最後の手紙は６月１３日付でページ数は９７４。その後は１００２ページまで空白になっている。

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