《緋色の研究》のシャーロッキアン的解説と感想

《緋色の研究》の文学研究的解説と感想

　(冒頭）
　私はロンドン大学で１８７８年に医学博士号を習得し、さらにネトリー陸軍病院で軍医研修をすることになった。そこで規定の課程を終了後、軍医補として配属されたのが、第五ノーサンバーランド・フュージリア連隊だった。連隊は当時インドに駐屯していたのだが、わたしが着任するより早く第二次アフガン戦争が勃発してしまった。

　(登場人物）
　語り手：ジョン・Ｈ・ワトスン博士、軍医
　ルームメイト：シャーロック・ホームズ、探偵
　ワトスンの元同僚：スタンフォード青年
　スコットランド・ヤードの刑事：レストレイド警部
　同上：　　グレグスン警部
　ランス巡査
　シャルパンティエ夫人
　息子のアーサー・シャルパンティエ
　娘のアリス・シャルパンティエ

　殺人事件の背景となるアメリカでの物語に登場する関係者
　登場人物はすべてアメリカ人
　 ドレッバー
　スタンガスン
　ジェファースン・ホープ
　ジョン・フェリア
　ルーシー・フェリア
　モルモン教の預言者ブリガム・ヤング

(内容紹介）

第一部ジョン・H・ワトスン博士の回想録

　第一章　シャーロック・ホームズ君との出会い
　 ロンドン大学で医学博士号を取った私(ジョン・H・ワトスン）は軍医となりましたが、第二次アフガン戦争での激戦マイワンドの戦いにおいて肩を負傷。その療養中に腸チフスにかかり生死の境を彷徨ったあと英本国に送還されることになりました。
　英国には親戚・友人はいないので帰還当時は大都会ロンドンで無意味に持ち金をつかう日々を送っていました。しかし、すぐに暮らしを見直す必要になり聖バーソロミュー病院で手術助手をしていたスタンフォード青年の仲立ちでシャーロック・ホームズとベイカー街２２１Bの下宿に一緒に暮らすことになったのです。
　この初めての出会いのときのホームズですが「あなた、アフガニスタンに行ってきましたね」とピッタリと当てたこと、そして、古い犯罪についての知識を持っていることと新しい研究をしているのがわかりましたが、具体的な仕事については判りませんでした。

　第二章　推理の科学
　ホームズと会った翌日二人でベイカー街の下宿を見に行ってきました。寝室が二つと広々とした居間がある作りで家賃も分け合えばまあまあだったので話はすぐにまとまり、ワトスンはその日のうちにホームズは翌日ベイカー街に移ったのです。
　ロンドンには親戚・知人のいないワトスンは退屈しのぎに新しく同居人になったホームズを観察をするようになっていました。その観察結果を元にホームズの職業を考えてみました。しかし、毒薬、実用的な地質学、化学・解剖学などの知識があり、今世紀に起きた凶悪犯罪事件に精通、そして棒術・ボクシング・剣術の達人、という能力が必要な職業が何であるか検討もつかないでいた時、あるきっかけでホームズ自身の口から教えて貰うことになったのです。
　そのきっかけとはホームズが執筆した「人生の書」という題の雑誌の記事をワトスンが読んだことです。内容は「観察力のするどい人間なら、目の前の事象を正確に体系的に検討すれば非常に多くのことを学べる」と説いていて、結論はひどいこじつけと誇張に思われたのです。しかし、ホームズがこの記事に書いた理論は実用的で、ホームズ自身の生活の糧となっていると言うのです。そして具体的な仕事は「諮問探偵」で、警察の刑事や民間の探偵が調査に行き詰まると相談にくるのだと言うではないですか。また、実験室で最初に会った時にワトスンに言った「あなた、アフガニスタンに行ってきましたね」は誰かに聞いたのではなく、ワトスンを見てすぐに判ったというのです。でも、ワトスンはアフガニスタン帰りと判った理由を聞くと簡単すぎて特別な才能とは思えませんでした。
　しかし、話をしている時に手紙を持って来た男についてワトスンは何も判りませんでしたが、ホームズは「海兵隊の退役兵曹」だと言うので本人に確かめると現在は「便利屋(コミッショネア）」で以前は「英国海兵隊軽歩兵隊の兵曹」だと返事をするのでした。

　第三章　ローリストン・ガーデンズの怪事件
　ホームズの理論の実用性を知った私はホームズの凄さにただ驚くだけだったのですが、便利屋が持って来た手紙の内容を知るとますます驚きました。その手紙とはスコットランド・ヤードの刑事が殺人現場に民間人であるホームズに来るようにという依頼だったのです。
　ホームズはワトスンを誘って辻馬車で犯行現場に向かうのでしたが、ホームズは事件については何も語らず「まだデータがない。証拠材料もそろわないうちに推理を始めるのはたいへんなまちがいだよ。判断を偏らせてしまう」と言い、現場の家近くに行くと百ヤードあまりも前で馬車を降りたのです。そしてあたりの様子や門から家までの小道をじっくりと見入りながら歩くのでした。
　また、犯行現場の部屋に入ると死体を改め、死体の口の匂いをかぎ、あたりいちめんに飛び散った血があるのに被害者に外傷がないことを刑事に確認するのでした。そして、「ポケットから巻き尺と大きな丸い拡大鏡」をとりだして二十分ほど部屋を調べたのです。また、死体が持っていた所持品から被害者はアメリカ人でクリーブランド市のイーノック・J・ドレッバーと判り、警察が死体を動かすと結婚指輪が出てきました。また、
　ホームズは、二人の警部に「この被害者の死因は毒殺。犯人は身長６フィート以上の男で赤ら顔、トリチノポリ葉巻を吸っていて、犯行現場までは被害者と加害者は一緒に四輪の辻馬車で来た」と告げるのでした。

　第四章　ジョン・ランス巡査の証言
　　ホームズは犯行現場の家をでたあと、電報局に行き長文の電報を打ったあと、第一発見者であるジョン・ランス巡査の家に行きました。巡査が話す内容はホームズが足跡から推理した行動とピッタリだったので、新情報というほどのものはありませんでした。しかし、犯行現場の家の前でぐでんぐでんに酔った「背の高い赤ら顔の男」がいたというのですが、この人物像はホームズが加害者像として警部たちに教えていたそのものです。ホームズは巡査に「その頭、飾っておくだけじゃなくて使わなくちゃ」と言い捨てると巡査の家をあとにするのでした。このあとはホームズは演奏会へ、そして私は疲れてしまったのでベイカー街の下宿に戻りました。

　第五章　広告を見てやってきた人物
　ホームズが帰って来たのは夕食の時間も過ぎた頃で、持ってきた夕刊の「遺失物拾得欄」を見せるのでした。広告には「結婚指輪を拾ったので、今夜８時から９時の間に、ベイカー街２２１Bのワトスン博士まで連絡するように」というものでした
　この広告を見てきたのは娘の指輪だという老婆でした。この老婆を尾行するためにホームズは馬車の後にしがみついて目的地にまで行ったのですが、馬車の中はもぬけの殻だったのです。

　第六章　グレグスン警部の活躍

　翌日の行動

　ホームズ：浮浪児たちで作られている「ベイカー街分隊」を使って捜査の続行

　グレグスン警部：被害者の帽子から下宿先を探し出し、下宿屋をしているシャルパンティエ夫人の息子を逮捕

　第七章　闇に差すひとすじの光

　翌日の行動(続き）

　レストレード警部：ユーストン駅で被害者と一緒に目撃されていた秘書のスタンガスンを探すために、ユーストン駅近くのホテルと下宿屋を探しまわった結果、リトル・ジョージ街のホテルで泊まっているのが判った。しかし、部屋に入るとスタンガスンが刺されて死んでいるのを見つけた。

　レストレード警部は目撃者の証言から犯人は「赤ら顔の背の高い男」であること、そして部屋の中に経木の箱に入った二個の丸薬を見つけた、と話すのでした
　ホームズはこの言葉を聞いて「最後の環が見つかった」と叫び、安楽死を頼まれていた犬に丸薬の半分を与えるのでした。そして、「ベイカー街分隊」が連れてきた馭者をドレッバーとスタンガスン殺害犯人として逮捕したのです。

(ここからは犯人である馭者のジェファースン・ホープが語った昔物語）
　第二部　聖徒たちの国

　第一章　アルカリ土壌の大平原
　 １８４７年５月４日、場所は北アメリカ大陸中央部に横たわる砂漠地帯、開拓地を求めて移動していた生き残りの中年男のジョン・フェリアと孤児のルーシーは危機一髪のところを一万人という集団で移動していたモルモン教徒たちに助けられました。ジョン・フェリアはルーシーを養女としてモルモン教徒たちと行動を共にすることになりました。

　第二章　ユタの花
　モルモン教徒たちは艱難辛苦を乗り越え広大なユタの渓谷に移り住んだのですが、ジョン・フェリアは放浪の旅の間に頭角を現し、ユタの地に落ち着いてから１２年後にはソルトレーク・シティの住人のなかで上なのは５、６人という富裕者になっていました。
　ただ、モルモン教徒の教えのひとつである一夫多妻を実行せずに一人も妻のいないことを信仰心が薄い、と非難する人もいましたが、まっとうな正直者という人望はありました。そして幼かったルーシーも美しく成長していました。
　ある日のこと、ルーシーが乗っている馬が暴れだしとても危険な状況になったのですが、この時に銀を探すための資金を調達するためにソルトレーク・シティに来ていた若きジェファースン・ホープに助けられたのです。
　若い二人は恋に落ち入り将来を約束して、ジェファースン・ホープは銀採掘のために出発したのです。

　第三章　ジョン・フェリア、預言者に会う
　モルモン教では背教者にきびしい処分があったので、娘ルーシーとモルモン教徒ではないジェファースン・ホープが将来を誓い合っていることを他の人に知られるのは非常に危険なことはジョン・フェリアにはよくよく判っていました。
　ジェファースン・ホープが去ってから三週間ほど過ぎたころです。モルモン教のトップである預言者ブリガム・ヤングがフェリア宅を訪れ、ルーシーへの求婚者が二人いるのでどちらかに決めるようにと告げたのです。もし、この求婚を断るのだったら「あの砂漠」で白骨となっていたほうが良かった、と悔やむようなことになると脅かしたのでした。

　第四章　命がけの脱出
　預言者が家に来たあとで求婚者の二人が挨拶に来たのですが、あまりにも尊大で無礼なのでジョン・フェリアは二人を家から追い出してしまいました。
　その直後から、ジョン・フェリアの家のなかに結婚を承諾する期限までのカウントダウンを知らせる紙が置かれるようになったのです。
　急いで銀採掘をしているジェファースン・ホープに知らせたのですが、彼が家に来たのはカウントダウンの数字が「２」となっていた時でした。
　家の周りは見張られていて逃げ出すことは容易ではなさそうですが、最低限の荷物だけを持ってフェリア父娘はジェファースン・ホープの案内で家から脱出することに成功したのです。

　第五章　復讐の天使たち
　モルモン教徒たちの合い言葉を利用してソルトレーク・シティをでて、二日目のことです。乏しい食糧がつきてしまいジェファースン・ホープは一人で狩りをするために山奥に入っていきました。五時間ほど経った時獲物を持って二人の元に戻ってきた時にジェファースン・ホープがみたものは「ジョン・フェリア　もとソルトレーク市民　１８６０年８月４日没」と書かれた紙切れと小さな盛り土だったのです。
　このあと、ルーシー・フェリアはドレッバーと無理やり結婚をさせられましたが、消えるように亡くなったのです。ジェファースン・ホープはルーシーの亡骸から結婚指輪を奪い、そのあとはフェリア老人を殺したスタンガスンと、ルーシーと結婚したドレッバーの命を狙い何度も襲撃を繰り返すのでした。
　その後、モルモン教団の分裂でドレッバーとスタンガスンはソルトレーク・シティを離れたのでジェファースン・ホープも二人を追いかける旅が始まったのです。
　

　第六章　ジョン・H・ワトスン博士の回想録(続）
　捕えられたジェファースン・ホープは最初はすごい勢いで抵抗しましたが、こちらが暴力を振るう意図がないことが判ると大人しくなり、警察まで連行されたのです。
　ここでジェファースン・ホープはドレッバーとスタンガスンを狙った理由と、落としていった結婚指輪の由来を話すのでした。そして、ドレッバーとスタンガスンを殺した状況を話すのでしたが、ドレッバー殺害についてはホームズが現場検証をして推理した内容と同じものだったのです。
　

　第七章　結末
　さて、逮捕されたジェファースン・ホープですが、法廷にでることもなく持病の動脈瘤破裂でこの世を去りました。
　ホームズはワトスンに今回の事件は分析的な推理「ある結果を聞かされて、その結果が出るまでにどんな段階を経てきたのかを論理的に推理する」を使ってドレッバー殺しの犯人を見つけるまでの過程を詳しく説明すると、ワトスンは「この功績の素晴らしさを世に知らせるために、事件の記録を公表すべきだ」と言うのですが、新聞にはドレッバーとスタンガスンを殺した犯人を捕まえたレストレード、グレグスン刑事の功績をたたえる記事が載ったのです。