ロティ(キャロライン・メアリー・バートン)・ドイルは１８６６年２月１５日生まれなので、兄アーサー・コナン・ドイルより７歳ほど年下ですが、アーサーが実家からエディンバラ大学の医学部に通っていた4年間に起きた父親の飲酒によるゴタゴタを一緒に体験している唯一の妹です。(他の弟、妹たちは幼すぎて話し合うことはできなかった）
　父親が早期退職をしたので長姉アネットはポルトガルに行き住み込みの家庭教師になり、お給金を全て仕送りしていましたが、ロティも家庭教師としての知識を得ると15歳で姉のいるポルトガルに家庭教師として渡りました。その後、弟イネスの学費の支払いが終わり、兄アーサーが作家として成功した翌年１８９２年秋に兄の呼びかけで約１２年間の家庭教師としての生活に終止符を打ち、イギリスに戻り兄アーサー(と家族）と同居として秘書役を務めていました。以上のように『ドイル書簡集』に載っている手紙などを読むと、ロティは家族思いのけなげな娘というイメージです。
　しかし、兄アーサーは１８９１年２月にはロティに帰国するように呼びかけていましたが、すぐに帰国していません。これについては２０１９年３月に大英図書館でロティとアーサーの未公開の書簡を閲覧調査してきたことで、「弟の士官学校の学費を払う健気な姉」というイメージではなく、もっと現代的な解釈もできる、と感じています。つまり、兄アーサーから帰国の誘いを受けた１８９１年にはロティも家庭教師業を約１０年間続けていて、相当な実績をあげ、働く女性としてのプライドを持っていて、兄が作家として成功したからといって簡単に仕事を投げ出せない、と思ったのではないでしょうか。
　帰国後の暮らしについてですが、兄アーサーは母親が住むメイソンギル村に暮らすとロティには出会いがない、と言って自分たちと一緒に暮らすことを勧めました。しかし、アーサーの妻が結核にかかったことで、兄嫁の付き添いとしてスイス・エジプトなどでの転地治療の旅行をしていたためにロティには身分的に釣り合う男性との出会いが遅れてしまいました。これも１８９９年にインドに赴任していた弟イネスの誘いで当地の社交界シーズンでレズリー・オールダムという軍人と知り合い、１９００年８月に現地で結婚をしています。３４歳での結婚でしたが９月６日付けでアーサーに出した結婚報告の手紙には「Lottie Oldham」と署名がしてあり、４０歳で長女が誕生と早くに結婚相手が見つかった妹のコニーやアイダには遅れましたが幸せを掴んだのです。でも、幸せは長く続かず１９１５年７月２８日夫が第一次大戦の激戦地西部戦線で戦死、兄アーサーに宛てた夫の戦死についての手紙の全文を下記の年表に載せてあります。

　さて、ここでの年表はロティの生涯の他に、家族への経済的援助をするためにロティがポルトガルに渡った１８８１年夏頃からエディンバラに残った母メアリと弟と妹たち、そして兄アーサーもエディンバラを離れドイル一家が離れ離れで暮らすことになった１８８３年初夏までの動向も記してあります。
　それは１８８３年６月頃の母宛の手紙に「お母さんの引っ越しの苦労が終わって本当に良かったです。どうぞ少しのんびりとしてください」と書かれてますが、これはジョージア・ドイルの伝記に記されているように転居先はヨークシャー州のメイスンギルのウォラー博士の邸宅の隣にあった家です。この建物の所有者もウォラー博士でした。ウォラー博士はエディンバラでは借主としてドイル一家を住まわせ、メイソンギルでは年８ポンドという格安な価格でドイル母子に貸していたのです。
　これだけだと、ウォラー博士とドイル母子が同じ時期にエディンバラから移り住んだ可能性も考えられウォラー博士と母メアリの関係にも何かあったのでは、という疑念を持つ研究者もいました。
　しかし、大英図書館が所蔵している未公開の葉書によると
　★１８８２年１０月にはエディンバラのミセス・バートンの家が母メアリの宛先になっていたのです。
　これが判ると『ドイル書簡集』に収録されている知人宛ての手紙により
　★１８８２年のクリスマスは母メアリは幼い娘二人をどこかに預けて息子アーサーの住むポーツマスのサウスシーにいる
　そして、
　★１８８３年２月初旬に母メアリに出した手紙には「妹ドードーの写真が届いたこと」「ミセス・バートンからお母さん宛に長たらしい手紙もきました」と記していることにより、母メアリは一人で、１０月には身を寄せていたミセス・バートンには住所も知らせずに「何処かに」いたことが判ったのです。
　新しい資料が出ない限り１８８２年クリスマス頃から１８８３年２月初旬までの母メアリの謎の行動の理由は判らないと思いますが、１８８２年にウォラー博士がエディンバラから故郷のメイソンギルに移る時に一緒に行動したわけではなく、知り合いのミセス・バートン宅に身を寄せ、息子が開業したポーツマスで同居できるかを確かめたような気がします。
　夫チャールズには１５０ポンドの年金があり、入院費に５０ポンドかかっても１００ポンド有ればギリギリの生活はできますが、夫が亡くなると遺族年金はないので、娘たちからの仕送り以外の収入はゼロになります。息子は開業したと言っても繁栄しているとは言えない状態を見た母メアリはあらゆるツテを頼って生計の道を考えたのが１８８２年から１８８３年にかけての行動だと思います。