コナン・ドイルの全作品の内容紹介と解説・感想その3：後期作品(1908年〜1930年）
　　　 １９１２年発表『失われた世界』参考資料　　

　サー・Ａ・コナン・ドイルは「文学」というテーマに答えて次のようにスピーチした(訳注１)。

「私はこの昼食会へ来る途中に、ある積極果敢な会社のポスターを見ました。紅茶茶碗へ雄牛を押し込む方法を説明するポスターでした(笑)。けれども、これは昼食後のスピーチへ「文学」を押し込むことに比べれば取るに足らない芸当です。昼食後のスピーチへ「文学」を押し込むのは難しいですし、難しいことを乗りきる最良の方法は避けることというのが私の人生のモットーです(笑)。でも、このモットーを本日の主賓はお気に召さないでしょう。文学というテーマはこういう場では取りあげにくいですし、私が適任者だとも思いません。ですが、同種のささやかな事柄の一つか二つなら言葉にできるかもしれません。
　 冒険物語★ロマンス★の作家は探検家の方々が私どもの領域を侵し続けることにある一定の不満をずっと抱いています(笑いと喝采)。世界が空白の場所に満ちていて、想像力ゆたかな人間がその中で存分に空想をめぐらせられる時代がありました(笑)。ところが本日の主賓や同様な性癖をもつ他の紳士諸君の見当ちがいな奮闘により、空白の場所は急速に埋められています。そこでの問題は輪郭がはっきり定まらない地域から漠然とした助けを求めるときに、冒険作家がどこに頼るかです(笑)。冒険作家はこまごまとした事実に邪魔されるのが大嫌いなタイプの人間です(笑)。勝手気ままに飛び歩けて、異議を唱える立場の人間がひとりもいない場所が好きなのです。私がもう少し若い頃にはチベットと呼ばれる国がありました(笑)。未来を予言できる神秘的な老紳士を置く場所が必要なときに役立つところでした(笑)。けれども、ここ数年間にごくふつうのイギリス軍人がチベットを通り抜けても(訳注２)、一人のマハトマ★聖者★も見つかりませんでした(笑)。超自然の紳士をチベットにおくのもピカデリー・サーカスにおくのも同じだと、これからの人々は考えるのではないでしょうか(笑)
　 それから中央アフリカです。私の友人ライダー・ハガード氏の青年時代には素晴らしい狩猟場でした。少なくとも冒険作家が好きなことをできる所でした。けれども、その後鉄道が敷かれて電信が通じました。そのために問題は晩さんの席へ着くときに燕尾服を着るか、それとも普段着★スモーキング・ジャケット★で間に合わせるかになったのです(笑いと喝采)。それでも、私は南極と北極であれば私が生きている間なら持ちこたえるだろうと考えておりました。ところが、ここにおられるピアリー司令官が一方の極を開け、スコット隊長がもう一方の極を開けようとしています。苦難に鍛えられ、より良い人間になって戻るために登場人物をどこへ送れるか、冒険作家は本当にわからないのです(笑)。見知らぬ広大な場所が世界にはもはや存在しないので、冒険作家はこれまで以上に正しく書かねばなりません。私は若いときに、ニュージーランドの七十マイル北西にネルソンという名前の魅力的な農場がある、という言葉で物語を始めたことを覚えています。すると、ある意地の悪い地理学者から手紙が来て、ニュージーランドの七十マイル北西は海の中だといわれました(笑いと喝采)。そして、いま北極海の開水面について何かいえば、ピアリー司令官が書くものと食い違うことになるのです(笑いと喝采)
　 冒険作家にはもう一つささやかな不満があります。先日、私は憂うつそうなひよこを描いた絵を見ました。その絵には「だから、つまり、すべての物事にどんな意味があるんだ。ぼくらは卵で始まり、羽ぼうきで終わるんだから」と書いてありました(笑)。私はこのひよこの物言いの中に世界のすべての哲学が含まれていると考えます(笑)。しかし、それでも私はアメリカ人、それも古いイギリスのアングロ・サクソン族の名前を持つアメリカ人がこの栄誉を勝ち取ったというかすかな声を、わが国民の誇り(訳注３)につけ加えたいと思うのです(喝采)」

(訳注１)「タイムズ」紙の記事ではこの後、ドイルのスピーチが間接話法で続いている。しかし、ここでは直接話法に読み換え、「　」をつけて訳出した。原文はひと続きの文章だが４段落にわけた。
(訳注２)「タイムズ」紙記事の原文はmissed through.しかし、「ＡＣＤ」誌のpassed throughが正しいと考えた。
(訳注３)「ＡＣＤ」誌はnatural pride.しかし、「タイムズ」紙記事のnational prideが正しいと考えた。