原題：The Doings of Raffles Haw
　初出誌：イギリス：アンサーズ誌１８９１年１２月１２日〜１８９２年２月２７日までの１２回連載
　　　 アメリカ：ピッツバーグ・コマーシャル・ガゼット１８９１年７月１１日〜８月１５日までの６回連載
　初邦訳収録本：『ドイル全集第５巻』改造社　１９３３年８月
　初邦訳題：ラッフルズ・ホー行状記　(石田孝太郎訳）
　参考邦訳：ラッフルズ・ホーの奇蹟(北原尚彦訳、創元推理文庫『ラッフルズ・ホーの奇蹟』収録）
　　　　　　　　ラッフルズ・ホーの行動(笹野史隆訳、株エミルオン）

　
　 (登場人物）
　ラッフルズ・ホー：青年科学者で謎の大富豪、篤志家
　ローラ・マッキンタイア：少し難はあるが美人
　ロバート・マッキンタイア：ローラの兄、売れない画家
　老マッキンタイア：ローラとロバートの父、アルコール依存症
　ヘクター・スパーリング：海軍将校、ローラの婚約者
　ジョン・スパーリング：ヘクターの父、誠実な教区牧師

　英国の中部にある大都市バーミンガムで大規模な銃砲製造会社を経営していた老マッキンタイア氏は１０年前に巨万の富をすべて奪われ破産、そして妻も亡くした結果すがりついたのは祈禱書と酒だけで、生気のない顔で徘徊するだけの生活でした。

　生計の方は息子ロバートと娘ローラにそれぞれ親戚からの遺産が年に二百ポンド入るので、バーミンガムの郊外タムフィールドで暮らすことはできています。
　しかし、それまでの生活が豪奢で派手だったので、息子のロバートは趣味だった絵を描くことが生計のたしにする手段にする必要性が出てきたこと、娘のローラは旧友からの憐れみが辛いものでした。
　将来が見通せない生活をしているマッキンタイア親子ですが、ひとつだけ明るいニュースはローラの婚約者ヘクター・スパーリングの存在です。現在の住まいをマッキンタイア親子が隠遁場所として選んだ理由は海軍中尉の婚約者ヘクターの父親が教区司祭に任命されていたからです。
　ある冬の晩婚約者のヘクターは四ヶ月後に任務を終えたらサウスシーで所帯を持つことをローラに提案して出発しました。
　さて、タムフィールドでは一年前から大豪邸が建設中でした。昼だけではなく暗くなると十二個の大電灯(welve enormous electric lights)の下でバーミンガムから来た労働者が働いていたのです。そして豪邸が完成すると豪華な家具が運び込まれ、４０人の使用人が到着しました。
　家の様子は教区司祭のスパーリング師は「アラビアン・ナイト」を思い出したというほどで、屋敷の主は素晴らしい慈善家で司祭の求める以上の金額を貧しい教区民に寄付してくれたと言うのです。
　こういう話を聞いてもロバートは心は動かされずに絵を描くことに没頭していましたが、散歩の途中に屋敷の主ラッフルズ・ホーと出会い、慾の無さを気に入られて屋敷の招待されました。
　あまりの素晴らしさに圧倒されて帰宅したロバートはみすぼらしい自分の家に不満が高まってきました。そして、父親と妹に豪邸の驚異的な素晴らしさ、莫大な宝石などの財宝について細部まで詳しく話して聞かせるのでした。五百万ドル以上の宝石の話を聞いたローラは婚約者からの手紙を熱心に読むこともなく、屋敷の主が家に来ると言う話に夢中になり、父親は資金を出させる思案するのでした。


　第６章　予期せぬ来訪者
　第７章　富の仕業
　第８章　億万長者の計画
　第９章　新たなる門出

　次の朝早く、ラッフルズ・ホーがマッキンタイア親子の家を訪ねてきて、ロバートが描いた絵を購入、そして自宅へ招待したのでした。ローラは兄ロバートに婚約者のことは内緒にして欲しいと不思議な頼みを兄にしたのです。
　その後、ラッフルズは貧しい人を助けるだけではなく、取り付け騒ぎのおきた銀行を救済するなど大金を使っていましたが、マッキンタイア親子との交流は毎日のように行われていました。
　ローラはラッフルズの行う慈善活動が完璧になるように助言したり、改善計画などの話題を話すようになり二人の仲は進展していったのです。もちろん、父親や兄はローラに婚約者がいることは黙っていました。そしてロバートも絵を描くこともなく地区の貧困者の話をラッフルズに伝えることしかしない生活をおくっていました。そんなある日のことラッフルズはロバートにパナマ運河工事の再開を含めて地球規模で便利な世界にするための壮大な土木工事の計画を話すのでした。そして八億ポンド(現在だと十九兆二千億円）の金を保管しているので資金については心配ないので、ロバートの助力が欲しいと言うのでした。また、ローラには結婚の申し込みをしたので、ローラは婚約者ヘクターに婚約の取り消しの手紙を書いたあとにラッフルズからの求婚を受け入れたのです。

　第１０章　大いなる秘密

　さて、娘のローラ・マッキンタイアがラッフルズ・ホーと正式に婚約したことにより、父親はラッフルズ・ホーからの援助を当然のように考えるようになり直接談判すると言い出したのです。
しかし、ラッフルズ・ホーが来て「仕事の話」をしたいと言ってロバートを屋敷に誘ったのです。

　その、屋敷でのラッフルズ・ホーの説明は
「強力な電気を長時間流した場合に物質に与える効果について」の思索を巡らし実験を繰り返していると、分解作用があることが判った。
そして「液体や化合物に通電した」より「単一元素の固体」に通電した方が分解作用が大きく、どの元素でも１時間の通電で検地可能な重量の減少を発生した。
　この現象についての仮説は通電によって「分子にゆるみが発生」そして分子の一定量が「微細な粒子」になって分離したので重量が減少した、というものでした。
　

　その出来事が起きた日のことです。実験をするために蒼鉛(ビスマス）に通電を始めたときに電報が届き、通電を止める事を忘れて外出、丸三日留守にして戻ると蒼鉛(ビスマス）の金属棒が無くなっていたので、自分の仮説通りに重量の減少が進み、すべてが「微細な粒子」になったと思いました。
　しかし、蒼鉛(ビスマス）を置いてあったところに「混じりっけなしの水銀」を見つけました。つまり、蒼鉛(ビスマス）が水銀になっていたのです。そして、この水銀に通電すると白金になり、次に金に変化したのです。

(以下の文中に記したアルファベットによる元素記号は図版と比較できるように記したものです。本文には載っていません。また原子量の数値は本文に載っている数値です。）

　この意味が判らないロバートにラッフルズ・ホーは具体的な数値で説明をします。
　蒼鉛(ビスマス）Biはもっとも重い金属で原子量は２１０
　次に重いのは鉛Pbで原子量は２０７
　次は水銀Hgで原子量は２００
　つまり、不在のために長時間留守をして蒼鉛(ビスマス）に通電した結果
　蒼鉛(ビスマス）Bi→鉛pb→水銀Hgになった、ということです。

　では、もっと通電を続けるとどうなるかも実験すると、白金(Pt原子量１９７.5）そして金(Au原子量１９７）になり、その後も続けると銀(Ag)、亜鉛(Zn)、マンガン(Mn）そして最後は(金属としては）もっとも軽いリチウム(Li)になり、最後は何も変化することのない「灰色の微細な粉末」になったのです。
　
　ラッフルズ・ホーは「金属の電気変換の大法則」の発見者であり総ての元素のもとである「原質」の実証者になった、と将来の義兄となるロバートに誇らしげに説明するのでした。

　第１１章　化学的実演

ラッフルズはロバートに理論を説明をしたあと、研究室に連れていき実際に行っている行程の詳しい説明をしました。この研究室には炉とボイラーがあり、電気を蓄える大型のライデン瓶が何列、何段もならび、その上にはボルタ電池が何列もありました。ここでは一週間に鉛から金を四百万ポンド作っているというのです。
　そして実際に鉛から金を作ってみせたのですが、最初にしたことは大きなふいごに体重をかけて炉を激しく燃えさせることでした。これは温度が高いほど電力が強まるからでした。
　それから鉛を機械の上に置き両側からプレートで挟んだあと電気を流しました。すると鉛は変質を始め水銀の水溜りができました。電流を流し続けると液体の水銀が固体の白金になり金になったところで電流を流すのを止めたのですが、実験として一つの金塊に電流を流し続けました。
　すると、バリウム(Ba)、スズ(Sn)、銀(Ag)、銅(Cu)、鉄(Fe)と変わるのを見ました。白い電気火花がストロンチウム(Sr)の真紅、カリウム(K)の紫、マンガン(Mn)の黄色に変化するのをみたのです。そして最後は「灰色の塵の小山」ができました。
　この塵の小山が「原質」だとラッフルズは説明するのでした。
　そして最後に自分いなくなったら、ロバートを後継者として事業を引き継ぐようにと書かれた指示書を入れた箱を教えたのです。

　第１２章　家庭内の軋轢
　第１３章　深夜の危難
　第１４章　暗影の広がり

　ラッフルズ・ホーとの関係が深まったあと、ローラは元婚約者ヘクターが帰ってくる前に結婚式をあげようと準備を急ぎ、ロバートもこれについて賛成したのです。しかし父親はラッフルズ・ホーにお金の融通を断られたので、とうとう盗むためにラッフルズ・ホーの屋敷に入り込んだのです。父親はラッフルズ・ホーに見つかってしまい彼を殺そうとしましたが、後をつけていたロバートに助けられました。
　次の日です。マッキンタイア老人の出来事を聞いた牧師が訪ねてきました。そして、年長者として苦言を言うことをご容赦と言ってラッフルズ・ホーのお金が周囲の人間に危険な影響を与えている、と言うのでした。悪影響を受けている具体的な人、それはロバートです。以前は向上心にあふれ、芸術に熱心で何時も制作の構想や進行状況を話していたのに、いまは怠け者になっている。そして教区の貧困者たちも援助を得られた人は自立性、自助性がなくなり、得られなかった人は心を乱している。この状態はラッフルズ・ホーに慈悲心がありすぎた過ちだと伝えたのでした。
　ラッフルズ・ホーは老司祭が帰ったあと、ベッドに倒れ込み意図は良かったのに最悪な結果になったことを悔やみ、泣くのでした。
　しかし、自分がすべての人間に暗影を与えたのではない、自分を理解してくれているローラがいる、と思い直してマッキンタイア宅を訪れたのです。
　ローラは優しくラッフルズ・ホーを迎え入れてくれ慰めてくれるのでした。
　その時です、一人の男が現れラッフルズ・ホーの目の前でローラを抱きしめたのです。その男が自分と出会う前からローラと婚約をしていたヘクター・スパーリングだと判ると、痛そうに脇腹をおさえながらラッフルズ・ホーは叫び声をあげて飛び出して言ったのです。
　ローラは自分の幸運を壊したヘクターを恨み、ヘクターはあまりのローラの変節に驚き悲しげに家を出たのでした。
　　
　
第１５章　遠大なる秘密(最終章）

　その夜の遅く、 ラッフルズ・ホーの執事が主人の様子が変なのでマッキンタイア宅に助けを求めてきました。 ロバートは急いでラッフルズ・ホー宅に向かいました。その道すがら執事の話を聞くと、「今朝戻ってきてから様子が変で、宝石を研究室に運び、炉をごうごうというほど燃やし続け、忙しく動き回っていた」、しかし「今は炉は冷えきり、応答がない」と言うのでした。
　屋敷に行き ドアを壊して研究室にはいると、椅子に座ったまま亡くなっているラッフルズ・ホーと、すべての金が原質に変換させて「灰色の微細な粉末」になってフアフアと積もっており、あの莫大な宝石は粉塵になるまで破壊されていたのです。そして宝石だけではなく、研究室にあったありとあらゆる装置と器具が幅広の大ハンマーで破壊されていたのでした。
　そしてロバートに残されていた「指示書」に自分の発見は「働き者を怠け者に、自足していた人を貪欲な寄生体」を変えてしまったこと、そして「誠実で高潔なローラを嘘つきの偽善者」に変えてしまったこと等の悔やむ言葉と、自分は元の研究生活者に戻ると、ロバートにも錬金術の工程を完全には明かさなかったことが良かった、と書かれていたのです。
　ラッフルズ・ホーの死因は「絶望」のあまりに亡くなったのでした。

　その後のマッキンタイア宅の三人ですが
　　老マッキンタイアは州立の州立の精神病院で、木片や金属片を金塊だと言って溜め込み、うわごとを言い続けているそうです。
　息子のロバートは絵を描くことはすっかり止めて、自分の収入のすべてを化学器具や電気装置につぎ込み、ラッフルズ・ホーが教えなかった「秘められた鎖の輪」を再発見するため追求していましたが、すべて無駄となっています。
　では、海軍将校夫人にも大資産家夫人にもなり損ねたローラはどうしているかというと、ロバートのために家事を切り盛りをする寡黙で陰鬱な女性となっていましたが、慈善活動を熱心に行い、近いうちに教区の副司祭夫人になるのでは、と思われているそうです。