「ササッサ谷からライヘンバッハの滝までの小説」(ネタバレあり) by関矢悦子
初出誌：ストランド誌1891年10月号
初邦訳収録本：中央新聞 1899(明治32)年8月21日〜8月29日
初邦訳題:「親殺しの疑獄」(翻案） 総題は「不思議の探偵」 南陽外史訳
参考邦訳：《ボスコム谷の謎》日暮雅通訳『シャーロック・ホームズの冒険』光文社文庫
★コナン・ドイル自伝『回想と冒険』第23章「著名な人々」より：ジョージ・メレディス
★《ボスコム谷の謎(惨劇)》に付けられた注釈の一覧表
（登場人物と依頼内容)
シャーロック・ホームズ
ドクター・ワトスン
事件の捜査をしていたスコットランド・ヤードのレストレイド警部
依頼人：ミス・アリス・ターナー
依頼人の父親：大地主のジョン・ターナー
依頼人の幼馴染み：18歳のジェィムズ・マッカーシー
依頼人の幼馴染みの父親：チャールズ・マッカーシー
…………………………
依頼内容：ミス・ターナーより幼馴染みのジェームズ・マッカーシーが父親を殺したとして逮捕されたので、
その冤罪をはらして欲しいと言う依頼。
…………………………
| (内容紹介） ６月のある朝ワトスンは妻との朝食中にホームズからの電報を受け取りました。その電報には「二日バカリ暇ヲトレナイカ？ボスコム谷ノ事件ノ依頼ヲ受ケタ」そして、出発は11時15分パディントン駅と書かれていました。 代診はアンストラザーに頼めること、ワトスンの妻がホームズと一緒に行くことを強く勧めるのでワトスンは急いで支度をしてパディントン駅に行きました。 駅には「長い灰色の旅行用マントに身を包み、ピッタリとした布の帽子をかぶったホームズ(図版１）が待っていました。列車のなかでホームズは事件の内容をワトスンに話をする前に「単純であるがゆえにきわめて難解」だと矛盾したことを言うのでした。 ホームズが説明した内容は そして、父親のチャールズ・マッカーシーと息子のジェイムズが烈しく口論しているのを見られていること、息子の銃が死体の側にあり、凶器は銃の台尻と思われたことから息子である18歳のジェイムズ・マッカーシーが即座に逮捕され、翌日の検死裁判で『故意による殺人」という評決が下されたので事件は次の巡回裁判に付されることになった。 |
図版１ |
また、ホームズは息子ジェイムズの検死官におこなった供述が「有利になる」とも言うのですが、ワトスンには理解出来ません。一通り事件の内容を話すとホームズはペトラルカ詩集を読み出しました。
事件現場の最寄り駅であるロスについてのは四時近くになっていました。駅にはレストレード警部が迎えに来てくれていて、三人は宿泊する「ヘレフォード・アームズ」でお茶を飲み、依頼人のミス・ターナーから父親が病気であること、被害者のチャールズ・マッカーシーがオーストラリアのヴィクトリア州に住んでいたころの父親ジョン・ターナーのことを知っていることなどを聞き、そのあとホームズは拘置されているジェイムズに会うために出かけ、ワトスンは宿で待つことになりました。
戻ってきたホームズの説明によると、ジェイムズと父親の口論の理由は「父親の薦めるミス・ターナーとの結婚が絶対に出来ない」と拒否したことでしたが、この父親には言えなかった理由は「１６歳の時にブリストルの酒場の女にのめりこんで結婚届を出していた」ということです。しかし逮捕されたことでブリストルの女からは「自分には以前から夫がいるので縁は切れている」と手紙があったということまで聞き出していました。話し終わったホームズは細かいことは明日にして今夜は「ジョージ・メレディス」について話をしようとワトスンに言うのでした。
| 翌朝、ホームズはレストレードに案内されて犯行現場に行き、腹這いになって拡大鏡をつかって念入りに調べました(図版２）。そしてレストレード警部に被害者の傷口と一致する石を渡して、犯人は「背が高く、左利きで、右足が悪い。底の分厚い狩猟用の靴を履き、グレイの外套を着て、ホルダーを使ってインド産葉巻を吸っている」と伝えたのですが、レストレード警部は笑ってホームズの言葉を信じませんでした。 ホテルに戻るとホームズは被害者のダイイング・メッセージである「ラット」が「バララット」というオーストラリアの地名であること、息子が聞いた「クーイ！」という言葉はオーストラリアの言葉でお互いに呼びかける言葉なので、被害者のマッカーシーがボスコム池で会おうとしていた相手は「オーストラリアのバララットにいたことのある、グレイの外套を着た男で右足が不自由な男」だと説明をした時にホームズのいう犯人像と同じ姿の地主のジョン・ターナーが現れました。ホームズはありのままのことを話すこと、話し終わったら供述書にサインをすること、ワトスン博士に証人になってもらい、マッカーシー青年が窮地に立たされた場合だけ供述書を提出すると言うと、ジョン・ターナーは承諾して話をするのでした。 その話とは |
図版２ |
ある日、バララットからメルボルンに向かう金塊輸送隊がやって来た。わしらは、それを待ち伏せして襲った。護衛の騎兵は６人、こちらも６人だったから力は五分五分だったが、最初の一斉攻撃で相手側の四人を馬から撃ち落とした。ただし、金を奪い取るまでにこちらも三人がやられてしまった。わしはピストルを幌馬車の馭者に突きつけた。その馭者こそ、あのマッカーシーだ。あのとき撃ち殺しておけばどんなによかったことか、それを思うと残念でならない。だが、なぜか慈悲心を起したわしは、やつの命を助けてやった。そのときのやつは、邪悪そうな小さな目で、まるでわしの顔のすみずみまでしっかりと頭に刻み込んでおこうとするのかのように、じっとにらんでいたよ。」
そして、英国に戻ったブラック・ジャックことジョン・ターナーは結婚して昔の罪ほろぼしの善行をしながら暮らしていたが、ある時ロンドンで息子を連れたマッカーシーに出会い、過去をばらすと脅かされて農場に無料で住まわせたこと、ついには娘アリスとマッカーシーの息子を結婚させることを強要してきたのでマッカーシーを殺害した、と告白したのです。
ホームズは病気で余命いくばくもないジョン・ターナーが帰ったあとに「神の恩寵がなければ、シャーロック・ホームズもこうなるのだ」と言うのでした。息子の父殺しの疑いはホームズが出した異議申請書が通って無罪となり、アリスとジェイムズは親の過去は何も知らずに二人して新しい人生を送ることになりそうです。
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